【巻頭エッセイ】

「夜間飛行」      日本文化チャンネル桜代表 水島 総

今週の討論番組の司会をする中で、私はサン=テグジュペリの小説「夜間
飛行」を引用し、日本や世界の状況を、嵐の中で視界と方向性を失って
飛ぶ夜間飛行機とそのパイロットに例えた。

この小説の生まれた当時は、レーダーや無線が発達していなかったから、
夜間飛行パイロットは、常に生命の危険と隣り合わせで飛行をしていたの
である。
この小説では、ベテランパイロットが、悪天候と嵐によって、方向を見失い、
海の方へ向かっているのか陸に向かっているのか分からなくなり、燃料切
れの恐怖と闘いながら、雲の中を飛行しているが、ついに耐えきれず上昇
し、雲の上に出てしまう、そこは二度と見られぬ程の美しい星空だったが、
同時にパイロットの死を確定するものだった。
燃料が切れて、眼下の雲海の中に墜落して行くまで、パイロットは美しい星
空の雲の上を飛行し続けるのである。

このエピソードを話して、米国をはじめとする世界各国がこの世界経済危
機の困難に耐え切れず、人類が常に歴史の中で行ってきた最も合理的な
政治的経済的解決法「戦争」に向かうのではないかと話したのである。

戦後日本人、あるいは大衆社会化した人々は、よく考えることをしないで、
直ぐに「結論」を出したがる傾向がある。
困難な問題は、簡単ですっきりした解決法などほとんど無いのだというのが、
大人の常識であり、保守の立場である。
しかし、日本の戦後左翼も保守も右翼も、マスメディアも、何か気に入らぬ
問題が起こると、すぐに「敵」を作り、皆で大騒ぎして「敵」をスケープゴート
にして叩き、自己満足する。
それでいつも終りなのである。
そんなことでは、本当に戦後日本を変えることは絶対にできない。
彼らには本気で戦後日本を変える意志も気力も気迫も無いからである。

前号で私の座右の銘は、トーマス・マンと同じ「持ちこたえること」であると
書いた。
困難な時代にあって、自らそうありたいと願う姿勢であるが、良い成果がすぐ
に得られなくとも、私達草莽保守は、筋を曲げず、持ちこたえるべきだと考え
るからである。
私達は、敗戦後始まった日本の長い夜を耐えに耐え抜き、日本本来の姿を
もう一度復興させる「夜明け」の準備をしなければならない。
以前、雑誌「正論」に「私達戦後日本人は、絶望が足りない、どうして、いつも
戦後の絶望的な状況に、みみっちい希望をセットにして提示しなければなら
ないのか」と書いたら、「絶望は愚か者の結論ですから、絶望しちゃだめです
よ」と言う人がいて、文字通りずっこけた。
まさに「みみっちい希望セット」の実例である。

仮定の話だが、将来、もし日本政府が日米安保条約を廃棄し、中共政府と
日中安全保障条約を日米安保と全く同じ条件で結ぶとするとどうなるか、
想像してみていただきたい。
中共の人民解放軍が、沖縄や日本本土に進駐し、おもいやり予算もがっぽり
貰って元の米軍基地を全部使用するということになるのである。
これを想像すれば、戦後六十数年経っても、他国の軍隊が自国内に数多く
存在している異常と屈辱がおわかりいただけるだろう。
戦後日本の六十数年は、日本の歴史始まって以来、初めて外国軍隊が自国
領土に駐留し続けた唯一の時代である。
まことに日本人として、先祖に申し訳なく、いたたまれぬ思いと屈辱を感じる
のである。
これを恥とも屈辱とも感じぬほど鈍くなった日本人の精神的貧困化こそが、
戦後日本の絶望的状況の本質である。

「私のいるところにドイツはある」
ナチスドイツから米国に亡命したトーマス・マンは自分の部屋の壁にこの言葉
を張り付けた。
牽強付会だが「他国の軍隊のいる日本に日本はない」のだ。
この原初的な恥と誇りの感覚を私達はもう一度思い起こすべきである。
その延長線上にのみ、本当の意味での日米同盟強化があり、核武装を含む
自主防衛力の確立や世界平和に貢献する未来が見えてくるのである。

この道は一朝一夕には実現できない。
戦後日本の夜の闇は深く長い。
私達が生きている時代に「夜明け」は訪れぬかも知れぬが、しかし、夜明けの
準備だけは出来るのである。
「夜間飛行」の序を書いたフランスの作家アンドレ・ジイドの言葉を引用して
終わる。

「夜間飛行の主人公は、非人情になることなしに、自分を超人的な美徳まで
 高めている。 この生彩ある小説にあって、いちばん僕の気に入るのは、
 その崇高な点だ。 人間の弱点や、ふしだらや、自堕落なぞは、世人の親しく
 見聞して知っているところでもある。 これに反して、人間が緊張した意志の力
 によってのみ到達できるあの自己超越の境地、あれこそ今日僕等が知りたい
 と思うところのものではないだろうか。」

「人間の生命に比べて、より永続する救うべき何ものかが存在するのかもしれない。
 ひょっとすると人間のこの部分を救うために、リヴィエール(主人公の名前)は
 働いているのかもしれない。」

「勇敢な人間は、金持ちがその慈善を隠すと同じく、その行為を隠すのである」


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