【巻頭エッセイ】

「台湾 パイワン族クスクス村 訪問記」

                   日本文化チャンネル桜代表 水島 総

八月二十七日から二十九日まで二泊三日で台湾へ出かけた。
NHK「JAPANデビュー アジアの“一等国”」に対する提訴問題で、新しい
情報が入ったため、五回目の台湾取材ということになったのである。

新たな情報とは、NHKに対して、これまで原告団に参加していただいた
パイワン人出演者等四人の他に、新たにクスクス村のパイワン人が、
「パイワン民族の名誉と誇りを汚された」として、提訴を起こすという
知らせが台湾の同志から入ったからである。

今回は現地スタッフの他、草莽全国地方議員の会代表の松浦芳子さん、
一万人訴訟の弁護団の中心人物の尾崎幸広弁護士、産経新聞の
牛田記者も同行することになった。
牛田さんは、この問題を丹念に取材し、きちんと報道してくれている
非常に誠実なジャーナリストである。

先程、成田空港から帰って来たばかりで、駆け足の報告となるが、
お許しいただきたい。

まず、二十九日の産経新聞朝刊に掲載された記事を、ネット版から
紹介する。

(引用開始)

【Nスペ】 原告団が現地調査 出演者「コメント曲げられた」
パイワン族24人が訴訟参加を表明

【クスクス(台湾)=牛田久美】

NHKスペシャル「シリーズ・JAPANデビュー アジアの“一等国”」に出演
した台湾人などから番組内容が事実と異なると批判が相次いでいる
問題で、NHKを相手取って集団民事訴訟を起こしている原告団は28日、
台湾南部のクスクス村に入り、出演した台湾少数民族のパイワン人
から聞き取り調査を行った。

パイワン族の出演者は、NHKが人間動物園でパイワン人を見せ物に
したと放送したことについて、「番組を見るまで人間動物園の言葉を
全く知らなかった。(放送された)『かなしいね』などと述べた自分の
コメントは、人間動物園に対して(かなしいと)述べたものではなく、
(取材者から示された写真の)亡父を見て『かなしい』と語ったものだ」
と説明。
NHKが『人間動物園』という当時なかった用語を使ったことだけが不適
切なのではなく、自分のコメントがあたかも見せ物にされた父に悲しい
と表明したかのように曲げられて伝えられている点も問題視した。

出演者は、尾崎幸広弁護士に対し、訴訟参加希望者が増え、同村が
ある牡丹郷(ぼたんごう)で24人の部落の長が参加を予定していると
伝えた。

(引用終了)
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/090828/acd0908281840002-n1.htm
「MSN産経ニュース」より
 
島崎藤村の小説「夜明け前」の冒頭の文章に、「木曽路はすべて山の
中である。あるところは岨(そば)づたいに行く崖の道であり、あるところ
は数十間の深さに臨む木曽川の岸であり、あるところは山の尾をめぐ
る谷の入口である。一筋の街道はこの深い森林地帯を貫いていた。」
とあるが、台湾のパイワン族の集落クスクス村は、まさにそういった
場所にある。

台湾新幹線で終点の高雄市まで行き、車に乗り換え、海沿いの道を
台湾島最南端の街「恒春」へ。
昼食を摂っていよいよクスクス村へ向かう。
山中の道へ入ると、山々に囲まれた緑豊かな風景が眼前に広がって
来る。

「こういうところでのんびり暮らすのもいいですね」と松浦さんが言うと、
コーディネートの片倉さんが、「でも、実際は風が強くて、農作物はなか
なか育たない生活には厳しい場所なんですよ」と説明してくれる。

途中の所々で、先日の台風被害で土砂崩れを起こした場所が散見
される。
道路が陥没して、地割れを起こしている場所もある。
このあたりは被害が少なかったと聞いて来たが、まだ五百人が土石流
の下に埋まっているという小林村付近はさぞかし大変だろうと想像できた。

山に入って四十分後、「歓迎 高士村」という石塔を通り過ぎる。
いよいよクスクス村である。
道沿いに建ったパイワン人の住居を横目に見ながら、私達の車は
一見体育館のような建物の前で止まった。

中に入ると、三十人近いクスクス村の村人が椅子に座って、私達の到着
を待っていてくれた。
拍手で迎えてくれた村人のほとんどが、お年寄りのパイワン人だったが、
その代表者である華阿財さんが、若い人たちは今、台風災害復旧に
出掛けていると話してくれた。

華阿財さんの歓迎の挨拶の後、私たち一人一人が紹介され、続いて
出席したクスクスの村人が紹介された。
自己紹介で「田中きぬこ」ですと、笑顔で旧日本名で名乗ってくれる
おばあさんもいて、胸を衝かれた。
その後の年配の女性は皆、旧日本名を名乗ってくれた。

日本に悪印象を持っている人が、旧日本名で自己紹介をするはずがない。
何とも言えない懐かしさ切なさを感じ、番組に出演した高許月妹さんが
言った「かなしいね」という気持ちが理解出来たような気がした。

その後、私が挨拶に立ち、ゆっくり、はっきりの日本語を意識しながら、
今回のクスクス村のパイワン人の皆さんが、NHKの嘘と捏造を許さず、
名誉と誇りを回復し、正義を求めるその勇気に感動したこと、日本人と
して多くのことを教えられたと感謝の言葉を述べた。

私の言葉を華阿財さんがパイワン語で通訳してくれたが、半分くらいは
私の日本語で理解しているように思われた。
通訳される前に、時々、拍手がわいたからである。

続いて、尾崎弁護士が、NHK裁判について説明し、松浦議員が抗議
運動について話した。

その後、日本から持ってきた今回のNHK事件の概要を描いたビデオ
映像を見てもらった。
この会合に出席しているパイワン人番組出演者が映ると、歓声や拍手、
笑い声が起きた。

約三時間の会合だったが、途中、私に水を持ってきてくれるおばあさん
がにっこり頷いたり、年配の男性が日本語で「まだ日本語は大丈夫」と
話しかけてきてくれたり、日本から持ってきた和菓子を皆で食べたりした。

その穏やかで和やかな時間は、日本からここに来て、本当に良かったと
思った。
他の人も異口同音に来てよかったと話していた。

最後に一人だけ若者代表で参加してくれた精悍な表情のパイワン人青年
と握手し、これから多くのクスクスの人々も立ち上がるという言葉を聞き、
夕暮れの道を高雄へと戻った。

台湾専門家の片倉さんの話によると、パイワン族は上下関係の厳しい
民族で、食事中や日常に、自分の仕事の話を子供にすることなど一切
無いそうである。
そういえば、私の父も、私が子供時代に仕事の話をすることなど全く無い
「偉い存在」だった。

確かに、現在の家庭環境や状況の視点で、上下関係や長幼の序といった
親子関係を見るのは間違いのもとだろう。
NHKはナレーションで、さも父親が恥ずかしい「人間動物園」の辛い事実を
子供たちに語らなかったように述べていたが、典型的な事実歪曲の実例
である。

もうひとつ付け加えておくならば、現在、台湾各地の少数民族博物館など
では、各部族の生活ぶりや民族舞踊等を実演して観光客に見せる催しが
行われている。
日英博覧会で行われた行為とほぼ同じものである。

NHKは、それでもなお、「当時のパイワン人がどう感じようと『人間動物園』
の事実に変わりはない」と強弁し続けるのだろうか。
それでもなお、今なお少数民族文化ショーが行われていることに対して、
金のため、台湾政府に無理にやらされている「人間動物園」だと主張する
のだろうか。

NHKは、いまだ出演者の「高許月妹」さんの名前を「高許月」としたまま、
再三の事実誤認と訂正勧告を無視したまま、知らぬふりである。
これが日本人の有名人でも、同様に知らぬふりが出来るのか。
鳩山由紀夫を鳩山由紀としたまま、訂正を要求されても無視できるのか。

まことに日本人として恥ずかしい民族差別意識と人権侵害である。

正直、NHK関係者は、ねつ造と歪曲、やらせ、人権侵害と民族差別を
認めて、全面謝罪する他ないのである。

彼等は自分の家族や子供たちに、この事件を本当に説明できるのか。

それは単に放送人としてだけではなく、人間として、日本人としての
性根が問われている問題なのである。

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