【巻頭エッセイ】

「表現の自由と尊厳をまもること」

                 日本文化チャンネル桜代表 水島 総

反捕鯨団体シーシェパードのグループが製作したといわれる映画
「ザ・コーヴ」の日本国内上映をめぐり、またぞろ「進歩的知識人」の連中
や、抗議活動に怯えた上映館主達が、上映会やシンポジウム、記者会見
を開いた。

二年前に起きた、中国人監督が文化庁の助成金等で製作した映画
「靖国」と同じやり方である。
右派や右翼が「表現の自由」を邪魔しているから、みんなでこの映画上映
を支援し、表現の自由を守ろうというわけだ。

チャンネル桜では、6月21日のシンポジウムと上映館発表の記者会見を
取材した。
登壇者は、田原総一朗氏(ジャーナリスト)、石坂啓氏(漫画家)、崔洋一
氏(映画監督)といった面々である。

彼等は、一様に「内容は色々問題があっても、ともかく表現の自由、上映
の自由は守られるべきであり、上映中止運動には反対する」という立場で
ある。

崔洋一氏は、私も所属している日本映画監督協会の理事長だが、「監督
協会には桜チャンネルのような人もいれば、いろんな立場の人がいる」
「(個人としては)この映画自体はプロパガンダ映画そのものだが、上映の
自由は守られるべきだ」と、概略述べていた。

監督協会は映画「靖国」のとき、勝手に理事会が監督協会名で上映支持
と政治家介入非難の声明を出したので、私は単身、協会に乗り込んで
抗議をしたことがあった。

約六百名の会員の中で「保守」または「右翼」と目されているのは、私を含め
数名しかおらず、大部分は左翼、またはリベラルと呼ばれる人々である。
何も政治的思想で映画監督を分別することはないが、それにしても映像
分野でのこういう現状は、マスメディアの現状とも同じものであり、戦後日本
が「情報伝達」分野でいかに偏った状態にあるかを示している。
まことに日教組の戦後教育の効果の「偉大さ」を感ずる。

さて、取材陣からの報告で、面白いエピソードがあった。

シンポジウムと記者会見が終わり、チャンネル桜取材陣が崔氏にインタ
ビューを申し込み、話を聞き始めたとき、崔氏はチャンネル桜の取材と
知り、またカメラが回っていることに気づき、崔洋一氏自身の了解なくこの
インタビューを放映しないようにと述べた。
これはある意味で当然の要求なのだが、うちのスタッフはさらに突っ込む
べきだったのである(報告を受けた後、私はスタッフに言った)。

というのも、映画「ザ・コーヴ」は、和歌山県太地町のイルカ漁の漁師の
皆さんの了解を得ぬまま隠し撮りされ、上映されようとしているものだからだ。
これは太地町漁民だけではなく、日本漁民、そして日本人全体の名誉と
誇りを毀損するものであり、太地町の漁業協同組合はじめ、日本人全体が
抗議をすべきだからである。

つまり、私が言ったのは、崔洋一氏には、あなたの要求と同じように、
あの映画も太地町漁民の了解を得て撮影され、上映されるべきではない
ですか?と突っ込むべきだったというわけである。

この映画や映画「靖国」の場合もそうだったように、撮影対象者の了解も
無く、あるいは撮影対象者に嘘を言い、ある特定の政治的意図を持って
事実の捏造や歪曲を行ったプロパガンダ映画は数多い。
私たちが現在行っている一万人のNHK集団訴訟も、同じ類のものである。

こういった映像作品の上映は「表現の自由」の範疇ではどのように考える
べきなのだろうか。

結論から言えば、こういうプロパガンダ映画はファシスト国家や全体主義
者達がやる手段であり、「表現の自由と尊厳」を破壊する一種のテロ映画
であり、本当に表現の自由と尊厳を守りたいなら、この映画に対し抗議し、
映画上映にも抗議すべきなのである。

太地町の漁民に隠れてこそこそ撮影し、それで商業上映して金儲けを
しようと言うのだから、彼等はありとあらゆる手段の抗議を真正面から
受ける義務と責任がある。

それは、映画館と館主も同様である。
つい最近、横浜地裁が映画上映に反対する人々に対し、映画館の半径
百メートル以内での街宣活動などを禁じる仮処分決定を出したそうだが、
まことに理不尽な決定である。

表現の自由は、何か天からの贈り物のように厳然と太古から存在したもの
では無い。
人々が血と汗と涙で勝ち取り、創り出して来たものだ。
映画表現も含めて、全ての表現の尊厳も、人間が獲得し、それを守り続け
てきているものである。

私たちは、表現の自由と尊厳を破壊しようとする、シーシェパードを代表と
するファシストと彼等のプロパガンダと戦わなければならない。
これは日本を守る戦いであり、表現の自由と尊厳を守る「情報戦争」である。

「ザ・コーヴ」を上映しようとしている映画館主達も、表現の自由と尊厳を
破壊してまで、プロパガンダ映画で金儲けしようとするのだから、抗議活動
を真正面から受ける覚悟で性根を据えて上映を決めるが良い。
私は「中止」を強要はしないが、「表現の自由と尊厳」を守りたい立場から、
様々な抗議活動の展開を断固として支持する。
同時に、今回、この抗議活動に立ち上がった人々も支持する。

近々、チャンネル桜でも、この問題を討論で取り上げてみたいと考えている。

さて、「表現の自由」を守れと言いながら、シーシェパード達のプロパガンダ
戦術にまんまと乗せられたか、意識的にか分からないが、上映に賛成する
「表現の自由と尊厳」の破壊に手を貸す人々を紹介しておく。


 [緊急アピール] 映画「ザ・コーヴ」上映中止に反対する!

  賛同者(五十音順)

  青木理(ジャーナリスト)、A (参院選立候補者のため記載せず)、飯田
  基晴(ドキュメンタリー映画監督)、飯室勝彦(中京大学教授)、池添
  徳明(ジャーナリスト)、池田香代子(翻訳家)、石坂啓(マンガ家)、
  石丸次郎(ジャーナリスト/アジアプレス)、岩崎貞明(『放送レポート』
  編集長)、上野千鶴子(社会学者)、生方卓(明治大教員)、大谷昭宏
  (ジャーナリスト)、小田桐誠(ジャーナリスト)、桂敬一(立正大学文学
  部講師)、釜井英法(弁護士)、北村肇(『週刊金曜日』編集長)、國森
  康弘(フォトジャーナリスト)、是枝裕和(映画監督)、崔洋一(映画監督)、
  斎藤貴男(ジャーナリスト)、坂上香(ドキュメンタリー映画監督、津田塾
  大学教員)、坂野正人(映像ジャーナリスト)、坂本衛(ジャーナリスト)、
  佐高信(評論家)、佐藤文則(フォトジャーナリスト)、澤藤統一郎(弁護
  士)、篠田博之(月刊『創』編集長)、柴田鉄治(ジャーナリスト)、下村
  健一(市民メディア・アドバイザー)、ジェイソン・グレイ(ジャーナリスト)、
  ジャン・ユンカーマン(映画監督)、張雲暉(映画プロデューサー)、
  白石草(OurPlanet-TV代表)、杉浦ひとみ(弁護士)、鈴木邦男(作家)、
  想田和弘(映画作家)、田原総一朗(ジャーナリスト)、土屋豊(映画
  監督/ビデオアクト)、土井敏邦(ジャーナリスト)、豊田直巳(フォトジャ
  ーナリスト)、鳥越俊太郎(ジャーナリスト)、中山武敏(弁護士)、
  七沢潔(ジャーナリスト)、野田雅也(ジャーナリスト)、野中章弘(ジャー
  ナリスト/アジアプレス)、橋本佳子(プロデューサー)、服部孝章(立教
  大教授)、林克明(ジャーナリスト)、原寿雄(ジャーナリスト)、日隅一雄
  (弁護士)、日高薫(ジャーナリスト)、広河隆一(『DAYS JAPAN』編集長)、
  藤井光(現代美術家・映像ディレクター)、森達也(作家・映画監督)、
  森広泰平(アジア記者クラブ事務局長)、安岡卓治(映画プロデューサー)、
  山上徹二郎(映画プロデューサー)、山本宗補(フォトジャーナリスト)、
  豊秀一(新聞労連委員長)、リ・イン(映画「靖国」監督)、綿井健陽(ジャ
  ーナリスト/アジアプレス)

  ※ 「映画『ザ・コーヴ』上映とシンポジウム」(6月9日・東京都) にて発表


先日、このエッセイでも取り上げさせていただいた昭和史研究所代表の
中村粲先生(獨協大学名誉教授)が逝去されました。
謹んで先生の御冥福をお祈り申し上げます。

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