【巻頭エッセイ】

「救援する側の倫理」

                 日本文化チャンネル桜代表 水島 総

三月二十二日から二十三日に、宮城県南部の海岸地帯山元町に
救援物資を届けて来た。
前回は福島県の原発から四十キロ圏内付近の老人ホームを中心に
救援物資を届けたが、今回はこれで二回目になる。

山元町は人口約一万六千人の町で、その約三分の一の住民の安否が
未だ分からない。
巨大な津波によって、海岸線付近の住居は土台を残して大部分が
消失している。
大地震の後の津波警報が発せられたが、これでは直ぐに逃げても
間に合わなかったろう。

津波の泥水が引いていない海岸地帯は、瓦礫と破壊された家屋の木片
の塊が延々と続いていて、目を覆うばかりの惨状である。
常磐線坂元駅も完全に破壊され、ホームの左右にある鉄道レールが
ホームの端で線路から陸側に大きく折り曲げられて捻じ切られ、
もう一方のレールは、百数十メートル離れた場所で発見された。

そんな凄まじい状況の中で出会うのは、自衛隊の人々がほとんど
だった。

この付近に駐留、展開しているのは、愛知県から来た
陸上自衛隊第十師団である。

彼等は瓦礫を片付け、御遺体を捜索し、それを収容する。
泥流と流出物で埋まった道路を整備し、車が通れるようにする。
小中学校を中心に集まっている避難民の食事、給水、医療、風呂の
世話等で、文字通り、不眠不休態勢で救援活動に励んでいる。

同時に、迷彩色の野戦服姿の自衛隊が来たという安心感で、
人々の人心安定にも貢献している。

私たちは山元町の山元中学(避難民約二百五十人)、山下中学
(避難民約六百三十人)に救援物資を届けたが、そこの炊き出し
サービスを受けている住民から、第十師団の隊員達について、
驚くべき話を聞いた。

朝と夕に二回、避難所の人々に自衛隊は温かい御飯と豚汁などの
食事を提供している。

温かな食事は身体を温めるだけではなく、心も温めることが出来る。
皆さん大変、喜び、感謝している。
素晴らしい事だ。

しかし、食事を提供する側の自衛隊員たちは何を食べているのか。
私は自衛隊員たちも同じような食事をしているものとぼんやり考えていた。

事実は全く違った。

自衛隊員たちは冷たい軍用糧食の缶詰や乾パン等を食べていたのだ。
温かいものはまず、被災された人々へというボランティア精神が見事に
貫かれていたのである。

風呂のサービスもやっと始まったが、愛知県の師団らしく、二つの風呂
のテント入口には「尾張の湯 男湯」といったのれんが掛けられている。
この風呂のサービスも被災住民最優先で、十日以上風呂に入れなかっ
た人々が口々に「生き返りました」と、心底から言っているのが分かる。

自衛隊員たちは風呂にも入らず、連日、泥まみれ汗まみれで、
黙々と働き続けている。

風呂テントの前にいた若い女性隊員は、多くの国民の為に活動出来て
喜んでおりますと、笑顔で健気に話してくれた。

被災された家族を持つ自衛隊員も多いと聞く。
それでも彼等は「任務」として、救援活動に励んでくれている。

自衛隊の救援活動は、もちろん自衛隊員としての「仕事」であるが、
それだけでこのような辛く困難な救援活動を続けられるわけがない。
何よりも国民の生命と生活を守ろうとする使命感と誇りが
彼等の気持ちを支えている。

マスコミもやっと自衛隊の活躍をしぶしぶ報道し始めたが、それでも
反自衛隊姿勢の本質は変わっていない。

間もなく店頭に出る雑誌『WiLL』五月号にも書いたが、かつてNHKを
含め民放テレビ局の報道部門は、決して自衛隊員の顔を映さなかった。
災害救助活動で泥まみれ汗まみれで、必死に働く自衛隊員のそれぞれ
の顔を映さず、放映されたことも無かった。

テレビ画面に現れる災害救助の自衛隊員の姿は、後ろ姿ばかりであり、
遠くでうごめく「塊」として見えるだけだった。
彼等が自衛隊員たちを血も涙もある人間として見て来なかったからである。

初めて自衛隊員個々の顔がテレビ画面に登場したのは、イラク戦争で
派遣される陸上自衛隊員たちが妻や子供に別れを告げるシーンだった。
自衛隊員がイラクで「戦死」したら、反軍、反自衛隊キャンペーンを展開
する為に撮影していたのだろう。

テレビ局の報道部門管理職クラスのほとんどは、依然として、左翼リベ
ラルイデオロギーの持ち主である。
彼等が反日、反軍、反自衛隊思想を持っているのは、毎年の終戦記念
特集の報道ぶりを見れば明らかである。

彼等は自衛隊の素晴らしさ、大事さを国民に知らせたくないのである。
国民に自衛隊、ひいては国軍の必要性に気づかせたくないのである。
国防の大切さを知らせたくないのである。

チャンネル桜は、新潟県中越地震のとき、僅かな取材スタッフだが現地
に送り、自衛隊の救助活動を中心にそのレポートを報道したが、ここで
明らかにしたのは、被災地でお年寄りや弱者を本当に救っているのは、
自衛隊員であり、そのことを誰よりも被災者たちが知っており、感謝して
いるという事実だった。

自衛隊員たちは、食事や風呂サービスに表われているように、
先ず被災民を優先する。

家を失い、家族を失った人々が、温かな食事や温かな風呂を通して、
何よりも自分たちと同じ日本国民からの「温かな心」を最も必要としている
事を知っているからだ。
温かな食事や風呂は物や形かもしれないが、被災民が受け取るのは
温かな心なのである。

ボランティアや救援活動は、この気持で実行されるべきだろう。

私たち日本文化チャンネル桜、頑張れ日本!全国行動委員会、草莽
全国地方議員の会、チャンネル桜二千人委員会有志の会も救援活動を
行っているが、まさに自衛隊が実行している救援する側の倫理と「精神」
で行われるべきだと考えている。

そんな中、三月二十二日に桜プロジェクトで放送された内容が
議論を巻き起こした。

事の経緯の説明が不十分で、誤解を招いてしまった面もあったが、
日頃、チャンネル桜の活動を苦々しく思っている左翼の人々や自称保守
の人々が、ここぞとばかりチャンネル桜を叩き出した。

もちろん、あまり気持の良いものではないが、ボランティア側(救援する側)
の倫理を考える上で、善い問題提起になったのではないかと思う。

それは救援活動第一回で福島県のいわき市に行った時起こった。

私たちは原発から四十キロ圏内にある救援から孤立した地区の老人
ホームを中心に、主に水をお配りする救援活動を行い、大変、皆さんに
喜んでもらった。

五百CCと六百CCの水約一万五千本を配ったのだが、最初に水の救援
を求めて来た、いわき市内に避難している楢葉町災害対策本部では、
既に自衛隊の水補給が入っており、ボランティア責任者から
「ありがとうございます、他に困っている方もおられますから、そちらに
回してやってください」と言われた。

私も「それは良かったですね、では他に回させていただきます」と答え、
その分の水は、翌日、仙台市郊外の老人ホームと町内会に運んで
お渡しした。

被災地は一種のまだら模様のごとく、救援物資が行き渡った場所と
行き渡らない場所に分かれている。
救援物資の「陸の孤島」というものが実際に点在しているのだ。
これは救援活動の現場で知った重要な現実である。

その夜、いわき市の一泊四千五百円のホテルの部屋が奇跡的に十数人
分取れて、十時過ぎに部屋に入ったが、そこは電気も水道も湯も出る
場所だった。
そこで見たのがNHKニュースである。

十時半ごろの生放送で、いわき市の「はなまる共和国」という老人ホーム
の女性職員が、「水も無い、食べ物も無い、誰も助けに来てくれない」と
悲痛な訴えをしていた。

驚いて、それなら今からでも物資を届けようかと言う事になり、その老人
ホームに電話すると、その日の午前中に水や食料は届いたと言う話で
ある。
つい一時間程前に生放送で報道されていた叫びは嘘だったのか、
NHKがまた捏造でもしたかと、その老人ホームの責任者に連絡して、
訪ねてみた。

聞いてみると、やはり水も食料も助けも来ないと言うのは嘘だった。
理由を聞くと、毎晩くたくたになるまで働いて感情的になって…と口を濁す。
すいませんと恐縮している。
女性職員の名字は責任者と同じだから、細君か家族なのかもしれない。

まだ足りないものは何かありませんかと問うと、床暖房が効かないとの
ことだった。
建物は立派な高級そうな老人ホームで地震被害もなく、断水しているが
電気は通っていた。
老人ホームだから、部屋や布団は十分ある。

私は天下のNHKで放送されるのだから、正確な情報を言うべきですよと
伝えた。

被災者や老人をお世話する側の人間(ボランティア)として、また、金品を
貰って「仕事」として老人を世話している側の人間として、何とか自分の
老人ホームの老人たちのために、食料や水を求める気持ちは十分理解
出来る。
しかし、既に、水も食料も届いていたのである。

救援する側の「倫理」として、少し前までの自分たちと同じ立場に未だ
あって、今直ぐの救援を求めている人々の正しい状況を、生放送で
伝えるべきなのではないか。

「御蔭さまで私たちの処に、自衛隊が水や食料を持ってきてくれました。
 ありがとうございます。でも、まだ、他の場所では水も食料も無く苦しん
 でいる場所があります。助けてやってください」

こういうのが、ボランティアやお金を貰って老人を世話をする側の言葉
ではないのか。

はなまる共和国には、NHKの全国放送によって、多くの支援物資が届け
られるだろう。

それを本当に困っている人達に、是非、回していただきたい。
それが被災者や老人たちを救援する側の「倫理」ではあるまいか。

誰も助けに来てくれないとは、昼夜を分かたず働き、救援に来た自衛隊
やいわき市の職員にも失礼ではないのか。
自衛隊員たちが冷え切った糧食を食べながら、温かな食事を被災民に
提供する様を見ているだけに、被災者や老人を「救援する」私たちボラン
ティアの側にも、高い道義性が求められるのだと思う。
嘘はいけないのだ。

私たちは、現場に出向き、大部分の被災者や老人たちが、自分のこと
ばかりを考えず、お互いを思いやっている姿をいつも見て来た。
今度の大災害では、日本人のほとんどが略奪や泥棒行為をしていない
ことに、欧米のメディアは驚きの声を上げている。

被災したのだから何をしても良い、仕方がないというのは、外国人の
倫理観である。
日本人はどんなことがあっても、道義を守り、互いに助け合い、
お互いを思いやる気持ちを持ち続けたいものである。

あの老人ホームの女性職員も、この大災害で気が動転していて、
あのような嘘をついてしまったかもしれない。
しかし、それに甘え、自分に許しては貰いたくない。
被災者を助ける側の人間として、最低限の「道義」「倫理」を保つことが
要求されているのではないだろうか。

私はあえて番組の中で、私たちのボランティアの仲間が非難めいた口調
で有料老人ホームの責任者に話す場面を流した。
ボランティア側の「倫理」と「道義」を皆で考えたいと思ったからである。

チャンネル桜の動画のコメント欄にも、ここぞと批判する人々が集中して
書き込んで来た。
売名行為だとか傲慢だとか色々批判があったようだ。
それはそれでいいだろう。

批判や様々な解釈をしている人達にお願いしたい。
どうか、私たちとは違ったやり方で良いから、最善だと思うやり方で、
具体的に、本当に困り苦しんでいる人達の為に、起ち上がり、
行動してくれることをお願いしたい。

今、ここで、救援を必要としている人々や子供たちが、現実にいるからだ。

自衛隊がどんなにサヨクの人々から冷ややかな扱いを受けようと、
私たちは被災現場の人々がどれだけ彼らに感謝しているかを知っている。
私たちも自衛隊と同じような気持ちで、救援活動を続けるつもりである。

三月二十九日には、三度目の救援活動に仙台、石巻に出発する予定である。

一覧へ戻る