「日本文化チャンネル桜二千人委員会」発足 南京の真実
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<報復死球の是非>

SHO [ホームページ] 2005-05-24 11:23:41 No.163725
プロ野球では、報復死球なる愚行がまかり通っているようだ。
以前、自身の哲学と相容れぬこの愚行をチームから強制され、悔し涙を流した上原投手(巨人)の姿が思い起こされる。
当時、メイ球界のご意見番と称するお歴々の中には、報復死球も勝つためには止むを得ぬなどと主張する御仁もいた。
何でも、選手のモティベーションを上げるには必要だからというのがその理由なのだそうだ。

勝負事に関する限り、私は彼らの足元にも及ばぬ素人ではある。しかしながら、何が間違っていて、何が正しいのかをいうとき、彼らの見識に私のそれが劣っているとは思わない。
確かに、プロである以上、勝つことは目的の一つではあるかもしれない。
それは個人成績やチームの戦績に反映され、年俸に還元されることとなるからだ。
そう考えると、勝つための目的はお金であるということができる。

では、お金を稼ぐ目的はといえば、それは生きることである。となれば、最終的に考えるべきは、生きる目的であろう。
私はこれを個々の霊的進化、即ち意識の神化に見出しており、こうした報復行為が人の生きる目的に反すると断言する。

一方、プロ野球が興行によって収益を得ている以上、それは観衆に夢を与える商売だということができる。同時にそれは、子供たちのよきお手本でもあるべきではないだろうか。
プロ野球は子供たちがつぶさに観ることのできる大人社会のモデルだからだ。
ならば、報復死球を観て、子供たちが何を思うのかをこそ、問題にすべきである。

報復行為は、お金のためならばルールを度外視しても構わないという歪な価値観のあらわれ、唾棄すべき蛮行そのものである。
よって、報復死球の横行を容認する今のプロ野球には、早急な体質改善が望まれる。

2005-05-24 11:41:09 No.163732
あなたのブログには、所々に宗教的な匂いを感じる。
http://64172503.at.webry.info/

貴方は新興宗教の信者ですか?
SHO 2005-05-24 12:08:20 No.163762
発言者自身により削除されました
SHO 2005-05-24 12:11:22 No.163764
発言者自身により削除されました
SHO 2005-05-24 12:24:18 No.163769
?様
ご質問にお答えいたします。
ブログの冒頭でもお断りしていますが、私は既存のいかなる宗教団体とも関わりを持っていません。
また、これまで何かの宗教に入信した経験ももっていません。

しかしながら、現世におけるあらゆる問題を考える際、それらを突き詰めると、そもそも、我々が何のために生きているのかという素朴な疑問に還元されるのではないでしょうか。
ただ、この問いに対し答えを用意することはできても、それを客観的に証明することはできません。
そこで、唯物論者は、ものの考え方の基準に生きる目的をいわず、ただ、万人が生きるという目的を満たすべきという観点から物事を論じようとします。

けれども、実はコレ、生きる目的を生きることだといっているようなもので、「人は生きるために生きる」という観点を示しているに過ぎません。
ところが、誰かが「生きる」を強く主張すれば、別の誰かの生きる権利をおかしてしまう場合があります。
そこで、法による権利の保障、即ち法による利益分配の公平化が必要不可欠になってくるわけですが、そうした考え方は、法さえ犯さなければ何をしてもよい、どう生きようが自由だという歪な考え方を助長することにもなります。
あるいは、裁きの手を逃れることさえできれば、何をしても構わないという価値観を後押ししてしまうことにもなるでしょう。
現実的に、誰もが生きたいと願っているわけでもなく、死にたい人に対して、「生きるために生きる」は、全く説得力をもたない考え方です。実際、自殺に法的規制を設けることはできません。

結局、我々は宗教的な価値観、考え方の中に、己の生きる目的を見出さざるを得なくなってまいります。現世に生きる苦しさを実感する者であればなおさらです。
人間存在は、本質的にこうした宗教的希求を備えているわけです。
生きる目的は客観的証明がはじめから不可能な命題であるがゆえ、各自が悩み、答えを探し出すしかない、ハートで感じるしか手立てがないといえます。
とすれば、誰かや何かの見解が最終的に宗教的であったとしても、それは深慮熟考の結果としては、むしろ当然の帰結ではないでしょうか。
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