「日本文化チャンネル桜二千人委員会」発足 南京の真実
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旧掲示板

[みんな]護憲派と友達になるスレ[なかよし]

ジャッカル 2005-10-12 16:10:10 No.240248
巷には、「北朝鮮による日本人拉致を、憲法九条が許した」などとのたまう人もいる。
しかし、憲法のどこにも
 土 下 座 外 交 を し ろ
なんて書いてないんです。自衛のためなら、北朝鮮船に砲弾でもミサイルでもぶち込んでよかったんです。

みなさん誤解があるかもしれないが、憲法九条が禁じているのはイラク戦争のような多国間の紛争に参戦したり協力したりすることなんです。
例えばこれから改憲して集団的自衛権を認めて、アメリカに過度に奉仕したってそれに合わせてご褒美は出ないし、それは愛国保守の望むところじゃないでしょう?
自分達の国益そっちのけで、身も心も主権もアメリカに捧げたい人いますか?喧嘩しないように、今まで通りテキトーにつきあっとけばいいんですよ。

それ以外の、自衛に関しての単独の軍事力保持とその行使については、全く禁止してません!核さえも。

この憲法九条、皆さんナウいと思いませんか?

ジャッカル 2005-10-27 16:19:56 No.247408
三保 平清さん

刷り込みというレッテルを貼らないで下さい。レッテルでないというなら、きちんと論拠してください。

三保さんが憲法改正を主張するのは、ただ意地になってるだけです。
目を覚ましてください三保さん!
三保 平清 2005-10-27 17:35:25 No.247427
    ジャッカル殿
「憲法改正」を主張なんかしておらん。無効だといっておる。眠っているのは、あんたなの。
ジャッカル 2005-10-27 17:43:14 No.247430
三保 平清 さん

だから!「現行憲法を無効にして、帝国憲法を改正する」って言いたいんでしょう?そんなもの、改憲するということじゃ全く同じじゃないですか!発想を転換して、護憲の合理性を認識して下さい!
三保さん、こんなところで眠ったらだめですよ!
よっぱらい 2005-10-27 18:54:59 No.247451
健次郎様

>ポツダム宣言中に憲法改正要求を明示して要求しなければ要求したことにはならない?
そんなことはないでしょう。<

 一国の憲法をどうするかという相手国家の中枢部そのものに対する要求、こんな大事な条件は明示してなくて言外に要求しているのだなどとは絶対に通らない話なのは当然でしょう。

 常識で考えてください。我国がどこかの国に戦勝してポツダム宣言のような条件明示だけで相手国の憲法を改正や制定や破棄ができると考えますか。此の場合、相手は停戦しただけですよ。海賊じゃああるまいし。これができるというのは軍国主義者で無法者の証です。

 まず、貴殿のこの文章、こんな主張を書く人間が信用ならんと思うのが普通の感覚です。
 どんな内容を暗示に要求していたのですか(笑)

 貴殿はポツダム宣言に憲法改正要求を明示していなかった事実を自分の言葉でこのとおり認めているのですよ。なぜなら、明示していた事実があったならこんな苦しい言い回しをする必要がないからです。
 貴殿ももっと楽チンに私に対応できるはずです。
どこそこに書いてあるぞというだけで議論は終了ですから。

 ゆえに「明示していなかった」という事実認識に関し貴殿と私には争いがない。
 貴殿のように無いもの(明示していないもの)を有る(要求している)というから苦しいのです。

(つづく)
よっぱらい 2005-10-27 18:57:51 No.247452
 さらに、貴殿のように異常な感覚でなければ、ポツダム宣言に明示していない条件や条件を超えて相手が要求するなどという事実がもしあったとしても、
「いやいやポツダム宣言のどこそこの文章をつないでなんとか行間を読んで解釈していけば憲法に関してなんらかの要求を読み取ることができるはずだから、受諾しているはずだそのままやらせとけ」とはならないでしょうし、これでは収まらないでしょう。

 明示外の要求は「宣言違反の要求」だということを先ず普通に認識するはずです。

 無いものを行間に読んで有るとしていけばどこまでも「宣言違反」は成立しなくなります。条件を受諾した意味がなくなります。
 条件が無条件になります。
 連合国といえども、ポツダム宣言に定められた範囲以上のことを我国に強要してはならない国際法上の義務が発生するのです。
 ポツダム宣言に違反した「日本国憲法」の押し付けは広島長崎における原爆投下とともに、米国の国際法違反の行為として大いに糾弾されなければならない性質のものです。

 さらに宣言提示側とそれの受諾側という立場に微妙な差が生じるという点について重要ですからしつこく説明します。国際法上では、どのように解釈できるか曖昧な点は、条件を提示した側ではなく、受け取った側の有利に解釈される慣例があるのです。

 貴殿は今回までの私との対論でハッキリと憲法改正要求の有無に関連して(1)明示の事実がない(=要求がない)ということと、(2)宣言を発した側が明示外の要求(=宣言違反)をやったこと、この2つを自らの言葉で肯定したのです。

(つづく)
よっぱらい 2005-10-27 18:59:07 No.247453
 占領側は憲法改正の要求をしないで停戦要求をしておきながら受諾国の武装解除が進み完全軍事占領が整ったあとで占領側が明示した条件外の違反の要求をした。このように始めから答えは出ているのです。

 本質は「法」ではなく「武力」「実力」の変化したものが「日本国憲法」なる名称を帯びて外観としては各種手続を通過して天皇による発布をされることとなったというだけです。

 ただ「日本国憲法」がメシの種である人々が有効を主張しているのだから、殆どそんな証言できる権限や地位にない人たちが有効を証言していることになるだけなのに、ところがみんな騙されるのです。末尾にあるとおり捏造だらけの教科書で学習しているからです。

 誕生してしまった「日本国憲法」でメシを食っている人々が、自己保存本能(利権保護)のために単なる戦闘停止条件を明示しただけの「ポツダム宣言」の中に憲法の正統性を見出すのが一番の得策であろうと必死に論法を開発、発明しているのでしょう。
 不純な動機の学問です。

(つづく)
よっぱらい 2005-10-27 19:02:48 No.247454
>大日本帝国憲法下では認められない「民主主義的傾向の強化」は憲法改正又は旧憲法の廃棄及び新憲法制定の要求がポツダム宣言に含まれていると考えること条約解釈上当然でしょう。<

 まったく当然ではありません。
貴殿の述べることは全く説得力がありません。

 この初めの行の

<大日本帝国憲法下では認められない「民主主義的傾向の強化」>

には、嘘と矛盾があります。

 嘘はポツダム宣言の「復活」という文字を抹消していることです。以前の発言からずっとそうです。(2005-10-24 06:47:31  No.245964 を参照)

◆ポツダム宣言◆
◆一〇 吾等は、日本人を民族として奴隷化せんとし、又は国民として滅亡せしめんとするの意図を有するものに非ざるも、吾等の俘虜を虐待せる者を含む一切の戦争犯罪人に対しては、厳重なる処罰を加へらるべし。日本国政府は、日本国国民の間に於ける民主主義的傾向の復活強化に対する一切の障礙を除去すべし。言論、宗教及思想の自由並に基本的人権の尊重は、確立せらるべし。◆

宣言文どおりだと本来はこう書くでしょ。

<大日本帝国憲法下では認められない「民主主義的傾向の復活強化」>

 ところが宣言文どおりやると貴殿の言いたい文意が成り立たないから「復活」を貴殿は貴殿の都合で削ったのですね。こういうのを歴史捏造というのです。

「復活」は以前存在していたものが再びよみがえることです。

「強化」は弱いながらも存在していたものを一段と強くすることです。

 全然前に存在しなかったものに対して「復活」とか「強化」とかいうことはありえません。
 矛盾の方はもうこの段階で貴殿にもわかるでしょ。 だから貴殿がもう少し国語がわかっていれば「復活」だけでなく「強化」も削らなければならないと気づくはずです。そうだと初めからわかっていれば、この語り始めの< >の文章そのものがほとんど書けないはずなのです。

無理に書くとしたら

<大日本帝国憲法下では認められない民主主義的傾向>

ですけどね。

(つづく)
よっぱらい 2005-10-27 19:05:15 No.247457
 貴殿は解釈などと言っているが「復活」は貴殿が自分の解釈対象から勝手に削除してはずしてますし、そのことは同時に対論相手に都合の悪いことを隠して惑わせても平気でバレないつもりでいるのだし、「強化」という日本語の意味も理解(=解釈以前)できない水準なのです。

 これは貴殿がなにをしているのかといえばどうどうと捏造しているのだから、そんな貴殿が

「憲法改正又は旧憲法の廃棄及び新憲法制定の要求がポツダム宣言に含まれていると考えること条約解釈上当然」

といってもまったく説得力がありません。

 次に「民主主義的傾向の復活強化」の民主主義の意味についてです。
「民主主義」という言葉は大別して2つの意味で用いられます。

 一つは、主権(国家意思の源泉)が何人に存するかという観点にたって国民主権と同義に用いられる。他は政治が国民の民意尊重の政治形式をとる場合に用いられるから

1、主権の所在(国民主権)
2、民意尊重の政治形式

 この2つに大別されますが、ポツダム宣言での意味がこのどちらかといえば、そのあとにつづく「復活強化」という文言と文意が整合するのは2の方となり、以前に存在していた「民意尊重の政治形式の復活強化」を要求しているものと解釈されます。

 他の一方の1との結合である「国民主権の復活強化」という解釈は我国の経験した過去の事実との整合上ありえないこととなります。

 このことは、ポツダム宣言の受諾によって「帝国憲法の原理が、そこで終局的に否定された(天皇主権→国民主権)ことは明瞭である」などという8月革命説が妄説たることの根拠の一つにもなります。

 ポツダム宣言には、帝国憲法の改正を義務づける条項が全く存在しなかったのです。また、ポツダム宣言は、日本軍の無条件降伏・武装解除と「民主主義的傾向の復活強化に対する一切の障礙を除去すべし」として帝国憲法秩序の「復活強化」を規定していたぐらいです。

(つづく)
よっぱらい 2005-10-27 19:07:24 No.247458
 又、ポツダム宣言を当時受諾した以降の人々の解釈はどのようなものであったのでしょうか。

 美濃部博士が当時朝日新聞紙上に<憲法を改正しなくてもポツダム宣言の要求する民主主義の実現は可能である>と述べ(10月20日〜22日)次のように述べていたのです。

「私は、所謂「憲法の民主主義化」を実現するためには、形式的な憲法の条文の改正は必ずしも絶対の必要ではなく、現在の憲法の条文の下においても・・・・・法令の改正及びその運用により、これを実現することが十分可能であることを信ずるもので・・・・今日の逼迫せる非常事態の下に於いて、急速にこれを実行せんとすることは、徒に混乱を生ずるのみで、適切な結果を得る所以ではなく・・・・憲法の改正はこれを避けることを切望して止まないのである。」

 また若手委員の宮沢教授も、同様の意見を「毎日新聞」に<明治憲法は民主主義と矛盾するものではないと主張>しそれを発表していた。(10月19日)

 つまり、帝国憲法を「民主主義を否定するものではなく」、うまく解釈運用すれば、「十分民主的傾向を助成し得るものである」との考えでした。

(つづく)
よっぱらい 2005-10-27 19:09:05 No.247459
>又貴兄が占領下での憲法改正の禁止の根拠としておられた
1946年フランス憲法はフランス人権宣言と一体の組織法です。組織法は人権宣言を実現する手段として位置付けられます.従って人権宣言を否定するような占領中の憲法改正を拒否するのがその組織法の趣旨です。
決して人権宣言を維持拡大する改正まで占領中であるから改正を禁止する趣旨を含みません。
ちなみにフランス人権宣言はアメリカ独立宣言を模倣したといっても良いほどよく似ています.現に模倣したのですから。
そして日本国憲法もアメリカ独立宣言と共通の価値、思想
で作られています。<

 世界のどこかに優れた政治思想が存在していると知ったとしても、それはそれだけの話です。
 ここでは憲法の有効性に直接かかわる合法性というものが対論の焦点です。どんなすばらしい政治思想があろうとも法にもとづかず武力で実現したり条約違反(ポツダム宣言違反)の場合は違法で無効原因となります。

 実現された内容がよいから違法性が消却されるということはありません。
 憲法の正統性を論ずる際、成立過程の事実を無視ないし軽視して、成立した憲法の質や内容を問題とする「結果本位、実益本位」の考え方は、結果さえよければ被植民地支配さえ正当化するという不当なものです。

 そしてその質や内容たる「どんな政治思想が我国や国際社会の利益であるか」「人権宣言を維持拡大するのが我国や国際社会の利益であるかということ」をいかなる人・いかなる国・いかなる機関が判断して認定するのでしょうか。

 戦勝国がそれを一方的になしうるというのであれば、そこには法の問題はもはや最初から問題ではなく、唯「勝てば官軍」式の現実の力関係のみが支配する法以前の問題だけが問題となるだけです。

 ポツダム宣言は条約であるから双方が拘束されます。連合国といえども、ポツダム宣言に定められた範囲以上のことを日本に強要してはならない国際法上の義務が存在したのです。広島長崎における原爆投下とともに、米国の国際法違反の行為として大いに糾弾されなければならない性質のものです。

(つづく)
よっぱらい 2005-10-27 19:16:33 No.247461
>更にもともと日本には大日本帝国憲法の成立前においては自由民権運動があり多くの憲法草案がありました。日本にも憲法思想は厳然としてあったのです。にもかかわらず、大日本帝国憲法は伊藤博文が隠密裏にプロシャの憲法を模倣して国民の討議を一切排除て公布したものです。この憲法が否定されれば自由民権運動下の憲法思想が復活するといってもあながち間違いではないのです。<

これも同じことです。
 世界のどこかに優れた政治思想が存在していると知ったとしても、それはそれだけの話です。ここでは有効性に直接かかわる合法性というものが対論の焦点です。どんなすばらしい政治思想があろうと法にもとづかず武力で実現したり条約違反(ポツダム宣言違反)の場合は違法で無効原因となります。

 実現された内容がよいから違法性が消却されるということはありません。
憲法の正統性を論ずる際、成立過程の事実を無視ないし軽視して、成立した憲法の質や内容を問題とする「結果本位、実益本位」の考え方は、結果さえよければ被植民地支配さえ正当化するという不当なものです。

 そしてその質や内容たる「どんな政治思想が我国や国際社会の利益であるか」「人権宣言を維持拡大するのが我国や国際社会の利益であるかということ」をいかなる人・いかなる国・いかなる機関が判断して認定するのでしょうか。

 戦勝国がそれを一方的になしうるというのであれば、そこには法の問題はもはや最初から問題ではなく、唯「勝てば官軍」式の現実の力関係のみが支配する法以前の問題だけが問題となるだけです。

これから引用する部分の末尾に・・・・・

<明治憲法は、当時合法的な統治権をもっていた天皇とその政府が国民に「押し付け」たものであり、少なくとも、法的にはまったく合法なものである。しかも、国内の少数者が多数者に対して「押し付け」た事例は、共産国の憲法やフランス革命時の憲法、あるいはかつてのアジアの軍事政権がつくった憲法など、世界中に満ちあふれている。これに対して、「日本国憲法」の場合は、外の勢力が日本に対して「押し付け」たものだからこそ、その合法性が疑問視されているのである。問題の混同もはなはだしいというべきであろう。>

(つづく)
ジャッカル 2005-10-27 19:17:52 No.247463
よっぱらいさん

>実現された内容がよいから違法性が消却されるということはありません。憲法の正統性を論ずる際、成立過程の事実を無視ないし軽視して、成立した憲法の質や内容を問題とする「結果本位、実益本位」の考え方は、結果さえよければ被植民地支配さえ正当化するという不当なものです。

法は、国民の総意だから法なんです。
それを踏まえずに、やれ成立過程だの、今現在の日本国民の利益を省みることなく語っているのは、どうかなーと思います。
歴史に対して狂信的になる考え方は、国民の多数にはなりえないと思います。
よっぱらい 2005-10-27 19:18:42 No.247464
本格議論板
<「父殺し」の戦後日本を象徴する「日本国憲法」>から引用

http://www.ch-sakura.jp/bbs_thread.php?GENRE=giron&ID=71422&P=100

2005-05-30 16:26:31  No.166613

【外国産「憲法」を強引に国産扱いする東京書籍の記述】

 「明治時代の自由民権運動以来、国民が望んでいたものがようやく実現した」というのは、二つの点で虚偽である。第一に、思想的、内容的に自由民権運動と「日本国憲法」は相当異なるものである。しかし、この教科書は、まず自由民権運動の箇所で、自由民権運動の草案を、未公表に終わった植木案と、一地方の憲法草案にすぎず、ほとんど当時の人に知られることのなかった「五日市憲法」(家永三郎他編『明治前期の憲法構想[増改版第二版]』福村書店、1987年、所収)で代表させてしまう(208〜209頁)。この二者に自由民権期の憲法構想を代表させてしまうところにまず問題がある。
 それが許されるとしても、内容的にいえば、「五日市憲法」は明治憲法と同じく天皇の統治権総覧を認めており、明らかに「日本国憲法」より明治憲法に近いものである。
 植木案(同、所収)は、たしかに、生まれながらに人は人権を有しているとする天賦人権説にもとづいて人権規定を置いている。だが、植木案における天皇は、軍事、外交、行政の権を握り、立法についても議会に再議を求める権限をもっており、明らかに元首といえる存在である。つまり、「日本国憲法」における天皇よりも、明治憲法における天皇に近い存在なのである。また、植木案は、明治憲法や「五日市憲法」と同じく、日本が軍隊を保持することを明言している。したがって、植木案にしても、総体として、「日本国憲法」よりもむしろ明治憲法に近いのである。
 第二に、自由民権運動と「日本国憲法」の内容が同様のものであるとしても、自由民権運動と同様のものを国民一般および思想界が望み続けたという事実はまったく存在しない。明治憲法が公布されたとき、かつての民権運動家を含めて大多数の国民は熱烈に歓迎しているし(中村雄二郎「自由民権論の法思想」[『近代日本法思想史』有斐閣、1979年])以後、明治憲法を支持しない人たち、あるいは天皇が主権者または最高機関であることを否定する人たちは、ごく一部であり続けるからである。

(つづく)
よっぱらい 2005-10-27 19:20:01 No.247466
「日本国憲法制定後、国民の圧倒的多数はそれを支持してきました」にしても、まったく根拠のない叙述である。古川純他「憲法第九条と平和主義をめぐる国民意識の変遷」(『法律時報』1975年10月臨時増刊)は、再軍備・軍隊保有の賛否について、世論調査の動向をまとめている。それによれば、朝鮮戦争に際して警察予備隊が創設された1950(昭和25)年8月では賛成37.4%、反対34.8%、北朝鮮と中国の連合軍が再び優勢となった1951年1月では賛成65.8%、反対16.5%、日本の占領が解除された1952年4月では賛成38.3%、反対38.0%、1953年10月では賛成47.6%、
反対32.9%、1960年安保闘争時の1960年5月では賛成39.1%、反対37.0%となっている。少なくとも、1955年体制成立までは、いずれかといえば、再軍備賛成派が多数派であり続けたのである。
 また、ちょうど「日本国憲法」公布の前後二ヶ月間、GHQ検閲官として手紙の検閲を行なった甲斐弦は、「読んだ手紙の八割から九割までが悲惨極まりないものであった。憲法への反響には特に注意せよ、と指示されていたのだが、私の読んだ限りでは、新憲法万歳と記した手紙などお目にかかった記憶はないし、日記にも全く記載はない。繰り返して言うが、どうして生き延びるかが当時は皆の最大の関心事であった。憲法改正だなんて、当時の一般庶民には別世界の出来事だったのである」(『GHQ検閲官』葦書房、1995年、162頁)と記している。庶民が憲法に関心がなかったことは、佐藤達夫『日本国憲法成立史』第三巻(有斐閣、1994年)でも述べられている。
「日本国政府におしつけられたといえますが」と書いた以上、「日本国憲法」を権威あるものに、正当性のあるものに見せるために、嘘でも前記引用のように叙述するしかないのであろう。しかし、ともかく、東京書籍は、外国産の「日本国憲法」を、民主的な民間案という虚構、国民世論の「支持」という虚構に加えて、自由民権運動を「日本国憲法」に結びつけることによって、憲法史上において無理やり日本化しようとするのである。
 こうして、平成9〜12年度版では、日本書籍、東京書籍、教育出版、帝国書院、日本文教出版の5社、採択率77.3%の教科書で、手を替え品を替え、民定憲法の神話が再建されていくのである。

(つづく)
よっぱらい 2005-10-27 19:21:56 No.247467
2005-05-31 00:11:21  No.166872
「日本国憲法」と自由民権運動とを結びつける歴史家

 では、歴史教科書において、「憲法研究会がGHQ案の参考にされた」とされたり、「日本国憲法」が自由民権運動以来の国民の願いを実現したとされたりする現象は、どう理解すればよいのであろうか。学問と教育の分離の一現象であろうか。いや、そもそも「日本国憲法」成立史の体系的研究は数えるほどしかなく、定説といったものは存在しない。それに、これらは、家永三郎の議論にもとづいているものと思われる。
 家永は、自由民権期の憲法草案を集めた『明治前期の憲法構想』(福村出版、1967年)の解説として「総論-----明治前期憲法諸草案の歴史的意義」を著わし、自由民権期の憲法構想と「日本国憲法」を「立憲主義的構想」として同類項にくくったうえで、「立憲主義的」ではない明治憲法と対比する。そして家永は、「占領軍起草の草案には、前記憲法研究会草案の構想がとり入れられており、その憲法研究会草案は、明治十年代の立憲思想研究者である鈴木安蔵の起草したものであって、鈴木は自由党左派系の憲法草案中もっとも民主主義的な草案といえる植木枝盛草案等を参考にしてその起草に当たったということである」(62頁)から、「日本国憲法」は「客観的には日本国民が強く実現を希望しながら専制政府の強圧によってはばまれた明治十年代の憲法構想を歴史的迂路を経て実現したにひとしいもの、とも言えるだろう」(5〜6頁)とする。つまり、いわゆる護憲派の憲法史家でもある家永は、自由民権運動→憲法研究会→GHQ案→「日本国憲法」という図式をつくることによって、「日本国憲法」の成立を合理化しようとはかるのである(家永三郎の論については、「歴史家の立場からみた憲法問題」[『歴史家のみた憲法・教育問題』日本評論社、1965年]も参照)。

(つづく)
よっぱらい 2005-10-27 19:23:16 No.247468
 しかし、前述のように自由民権期の憲法構想は「日本国憲法」と類似していない。植木案さえも、類似しているとはいえない。また、憲法研究会案の構想がGHQ案に取りいれられたのではなく、GHQの考え方が憲法研究会案に取り入れられたのである。それゆえ、家永の図式は、あまりに事実関係を無視したものといわざるをえない。憲法史学さえもこのように事実関係から離れたものになっているわけだから、中学校歴史教育が、1990年代になって検定が緩和されると再び、事実関係からどんどん離れた民定憲法の神話を紡ぎ出していくのも当然のことかもしれない。
 なお、家永は、驚くべきことに、「日本国憲法」よりも明治憲法こそ「押し付け憲法」といえるとまでいう。だが、前述のように、明治憲法が出されたとき、自由民権運動家さえも歓迎しているし、当時の日本国民は「押し付け」られたとはまったく思っていない。仮に「押し付け」られたといえるとしても、明治憲法は、当時合法的な統治権をもっていた天皇とその政府が国民に「押し付け」たものであり、少なくとも、法的にはまったく合法なものである。しかも、国内の少数者が多数者に対して「押し付け」た事例は、共産国の憲法やフランス革命時の憲法、あるいはかつてのアジアの軍事政権がつくった憲法など、世界中に満ちあふれている。これに対して、「日本国憲法」の場合は、外の勢力が日本に対して「押し付け」たものだからこそ、その合法性が疑問視されているのである。問題の混同もはなはだしいというべきであろう。

小山常実著 「日本国憲法」無効論
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4794211724/qid%3D1130407852/250-2910436-6209069

(おわり)
ジャッカル 2005-10-27 19:30:46 No.247470
よっぱらいさん

何が真実なのかよくわかりませんが、僕にはどっちでもいいことに思えてなりません。
歴史のために人間があるのですか?

人間の生活のために歴史が存在するのでは?
それなら実際使える現行憲法を認めるのはとうぜんでしょう。
昭和の殉難者 2005-10-27 22:37:34 No.247556
ジャッカルさんへ

今日はじめて覗きました。

ジャッカルさんは『それでは、集団的自衛権が日本国憲法のどこに明記されてるのか教えてくださいよ。。。
どう曲解したって、どこにも認められないと思いますがね。』と言っておられます。

私はあなたに聞きたい。
あなたが当然のように決めておられる「集団的自衛権禁止」と憲法に書いてありますか?。
内閣法制局長官も日本は「集団的自衛権」は有ると言っていますよ。
但し、「集団的自衛権行使」は禁止されていると言っていますが、その事はあなたもご存知のように憲法のどこのも明示されていませんよ。
ならば、行使しても憲法違反じゃないじゃないですか。

憲法を含め、法令全部は禁止項目しか定められていないのです。
従って、禁止項目以外は全部合法なんです。
あなたは、この、法治国家の原則をご存じないようですな。
健次郎 2005-10-28 06:15:53 No.247693
よっぱらい様
植木枝盛も近代市民社会を実現する為にフランス人権宣言を参考にしています.ポツダム宣言も基本的は近代市民社会の政治思想と当然の前提としています。
これ(近代市民社会の思想)を否定することは当時政権についていた人々にとっては押し付けかもしれませんが、当時政権の中枢にはいなかった人々にとっては全く押付とは思いません。
貴兄は 近代市民社会を否定した日本が世界と対等に付き合えると今も本気でお考えですか?
健次郎 2005-10-28 06:38:13 No.247695
本来 欧米の戦勝国が敗戦国の憲法改正要求を明示に提示することはありません。
そもそも 憲法改正は「憲法の同一性を維持しなが」ら状況に合わせるために成される手続です。
敗戦国には憲法の同一性する余地はありえないからです。
イラクは憲法改正をしていますか?してはいないでしょう。当時、本来なら日本でも憲法制定会議での新憲法制定こそ行われるべき手続であったはずです。
それが時間的に出来なかったのはソ連が指導権を握るのをアメリカが好ましく思わなかったからではないですか?
健次郎 2005-10-28 06:42:24 No.247698
敗戦国には憲法の同一性を維持する余地はありえないからです。
上記記載を訂正してください。
よっぱらい 2005-10-28 18:49:40 No.247952
健次郎様

 私は既に述べているとおり憲法の効力論議には順序があると考えています。

有効であるための条件
1、正統性(合法性、伝統性、自発性、自主性)
2、正当性(ここで初めて内容に議論が移ります)

 1を満たしていないモノに2を論じる価値がありません。貴殿は1を明らかに出来ないままに2の論議への混同を開始しています。

 貴殿にとっては1を飛ばしてもいいのかもしれないし、又、1が証明できないからこそ正当論で正統論を代替しようとの姿勢なのかもしれませんが私にとっては不毛です。

 私は貴殿に述べたいことは前回までで言い尽くしましたし、やはり合法性にかかる貴殿の反論がまったくないようなので、一旦引き上げます。
 ありがとうございました。しばらく勉強します。
健次郎 2005-10-28 20:08:51 No.248015
よっぱらい様
正統性の理解について見解の相違があるように思われます。多分ポツダム宣言についての条件付受諾か否かと言う理解の相違だと思います。
条件付受諾であるなら、貴兄のように大日本帝国憲法の改正という限界内での日本国憲法の理解となります。
これに対して無条件受諾であるなら大日本帝国憲法の改正は本来問題ではなくなります。
新憲法の制定の問題となります。
後者である限り正統性は基本的には問題ではなくなります。従前の憲法思想が否定されたことを前提にのみ新憲法の制定が可能だからです。伝統性も否定されるでしょう、自発性、自主性も旧勢力の自発性、自主性はないでしょう。
 日本国憲法の不明瞭性があるとするなら、新憲法制定会議を持って新憲法を論議すべきところ、旧憲法の改正というイレギュラーな手段で、憲法が出来てしまったことにあります。
それでは又の議論の機会まで。
ジャッカル 2005-10-30 13:32:44 No.248835
昭和の殉難者さん

親愛なる同志にお答えします。ちゃんと集団的自衛権禁止は書いてますよ?

9条
1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、(他国間の)国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

ここに書かれている国際紛争とは、日本単独の自衛の戦争を指すのではなく、明らかに日本が関与していない他国が引き金を引いた戦争のみを指しています。

他国の起こした戦争に参戦する権利が、この条項で肯定されているのであれば、どんな国際紛争が禁止されているんでしょうか。
ジャッカル 2005-10-30 13:37:37 No.248837
よっぱらいさん

正統性とやらのために、日本国民の生活を犠牲に出来ますか?なぜ?

人間のための歴史であり憲法という視点が抜けています。それを逆に考えているところは、スターリンや毛沢東みたいですよ。
三保 平清 2005-10-30 14:00:39 No.248849
  ジャッカル殿
>人間のための歴史であり憲法という視点が抜けています。それを逆に考えているところは、スターリンや毛沢東みたいですよ。
◆それはあなた自身の事ですよ。憲法がなくとも歴史は存在した。(近代国家には憲法がないと不都合だか゜)。歴史とは人間が過去をふりかえって、未来の指標とする為のものだ。憲法あっての歴史ではない。
ジャッカル 2005-10-30 14:18:02 No.248857
三保 平清さん

>歴史とは人間が過去をふりかえって、未来の指標とする為のものだ。憲法あっての歴史ではない。

それが既にスターリン的発想なんですよ。
「歴史に学ぼう」とか言ってる奴に限って、誰にでもわかりきったことしか言えないんですよね。
歴史は土台ではない、単なる踏み台です。腐ってるものを無理してケーキの土台にしようとするから、労力をかけてもケーキ全体が駄作になる。

憲法は国民の生活を目に見えて改善するが、歴史は存在以上にも以下にもならないし、指標を与えたりとか別の役割をはたすこともない。
あったら是非教えて下さいよ。
三保 平清 2005-10-30 14:34:56 No.248862
>あったら是非教えて下さいよ。
◆ある人の言葉
「愚か者は自分の体験に学ぶ。賢者は歴史に学ぶ」。
ジャッカル 2005-10-30 14:39:42 No.248864
賢者は「私は歴史に学ぶ者だ」と高らかに宣言したりしない。
三保 平清 2005-10-30 14:42:50 No.248866
あんたは高らかに宣言しとる。
ジャッカル 2005-10-30 15:59:44 No.248882
僕は、歴史などより、人間が実際に幸せになるための合理性を重視する。
別に宣言しなくても、「私は歴史に学ぶ者だ」と宣言する愚者よりは、まっとうなことは言えるつもりですけどね。
健次郎 2005-10-30 16:52:47 No.248904
ここは「なかよし」になるスレッド。
三保 平清 2005-10-30 17:18:48 No.248918
>ここは「なかよし」になるスレッド。
◆水と油が一緒になるか。
昭和の殉難者 2005-10-30 22:55:57 No.249142
ジャッカル さんへ

国語では、「集団的自衛権」と「国際紛争」は全く違う意味になっていますが。
あなただけが、同じ意味と思っているだけの事ですよ。

国語の辞書にも、集団的自衛権は「自衛権」であり、国際紛争は「国家と国家の紛争」と有りますよ。

要するに、他国と他国との紛争は明らかに国際紛争。
自国と他国との紛争では、自国側はどこの国でも自衛権行使と言います。

自国と他国の戦争を、当事国で「国際紛争」といっている国は一つもありませんよ。

あなたは、何を根拠にその様な寝言を言いなさるか説明しなさいよ。

憲法8条集団的自衛権禁止と書いてあるらしいが、それは、我が日本国憲法の事ではないでしょ。

内閣法制局長官でも、集団的自衛権はあると言っていましたよ。
あなたは、憲法を作成できる立場の方じゃないでしょ。
勝手に憲法を作りなさるな。

私はあなたにお勧めします。

今一度、憲法9条の読み直しをしなさいよ 。
どこにも、集団的自衛権禁止とは書いてありませんよ。

ジャッカル 2005-11-04 16:49:44 No.249555
昭和の殉難者 さんへ

>要するに、他国と他国との紛争は明らかに国際紛争。
自国と他国との紛争では、自国側はどこの国でも自衛権行使と言います。自国と他国の戦争を、当事国で「国際紛争」といっている国は一つもありませんよ。
あなたは、何を根拠にその様な寝言を言いなさるか説明しなさいよ。

その解釈なら、
アメリカとイラクが戦争をした場合も「国際紛争」であって、わが国がそれに関与するのを憲法九条が禁じているのではないですか?
そして集団的自衛権というものは例からいくと、同盟国だからって理由でアメリカを軍事支援する権利のことなんですよ。
じゃあ、憲法九条は集団的自衛権を禁じているじゃないですか。

>内閣法制局長官でも、集団的自衛権はあると言っていましたよ。あなたは、憲法を作成できる立場の方じゃないでしょ。勝手に憲法を作りなさるな。

憲法の前文をちょっとつまんでそれを根拠にする曲解以外に、どういう解釈をすれば集団的自衛権容認が憲法に明記されていることになるんでしょうか?
直接、条項を書いて示してくださいよ。



ジャッカル 2005-11-04 16:52:50 No.249557
三保 平清 さん

>>ここは「なかよし」になるスレッド。
>◆水と油が一緒になるか。

三保さん=コーヒー 護憲派=牛乳 私ジャッカル=ノンカロリーシュガー

仲良く混ざりましょう。
猿藤悟郎 2005-11-05 00:01:42 No.249674
ジャッカル様、
くだらないお笑いを一席、ぶちたいと思います。

インディペンデンスデイ2:
地球を侵略したエイリアン達は敗北していなかった。全世界規模での同時反攻作戦は失敗に終わった。人類の希望を打ち砕いたのは日本国憲法だった。全世界同時反攻作戦は日本国憲法の禁じた集団的自衛権の行使にあたるとして、護憲派の勢力が自衛隊の作戦行動を妨害した為、大阪や東京上空に居座ったエイリアンの母艦は無傷で生き残ったからである。

日本は護憲派主導の下でエイリアンに無条件降伏し、エイリアンは日本を拠点にして地球侵略を再開させた。今、人類の未来を賭けて、エイリアンとエイリアンの協力者に成り下がった日本を滅ぼす戦いがはじまる。

こんな続編はどうでしょうか。


真面目な話を書きます。

なにはともあれ、現憲法は廃棄する必要があるでしょう。明治憲法といい、現憲法といい、極端な中央集権を国家体制の前提としている事に変わりは無いと思います。

明治憲法:ドイツを手本にしたとされているが、実際のドイツ帝国の国家体制と大日本帝国の国家体制は全く異なっています。明治日本の国家体制の実態を考えると、明治憲法と明治日本の国家体制はナポレオン三世のフランス帝国をモデルとしているとしか思えません。

現憲法:本質的に占領時基本法としての性質を持っている以上、中央集権体制を根本思想として抱えているのではないでしょうか。

地方分権や道州制という名の連邦制の導入が検討されている中では、現憲法はその基本アーキテクチャからして、もう廃棄すべき時期にきていると見て間違いないと思います。

現憲法は連邦国家の憲法としては使い物にはなりません。基本アーキテクチャが違い過ぎますから。例えるならばモトローラのCPU、パワーPCとインテルのCPU、ペンティアムほどの違いと言えましょう。RISCチップとCISCチップでは根本から異質です。パワーPCのG4:500Mhzとペンティアム4の1Ghzではクロック周波数の遅い筈のG4の方が、処理能力では優れています。CPUのアーキテクチャの違いに例えるならば、の話ですが。

連邦国家における憲法において基本的な事項である、「地域」の連邦からの離脱についての条項を現憲法に追加する事は法理的に可能でしょうか。連邦からの離脱には、独立戦争という問題が付き纏います。
猿藤悟郎 2005-11-05 00:02:43 No.249676
一例を考えてみましょう。
先ず最初に、米国の介入は無いと仮定します。カルト教団が青森県を乗っ取ったとしましょう。教団信徒は一万人、全員が自動小銃、RPG等で武装し、ロシアや北朝鮮等の軍事顧問団に指揮されているとします。人口が百数十万程度の青森県ならば、速やかに頭脳部分を制圧できるでしょう。

そこで制圧後、教団が独立国家を宣言したとします。(インコ真理国、というのは如何でしょう) この新国家を中韓露や北朝鮮等が承認した場合、現憲法の下ではこの叛乱を鎮圧できないと思います。なぜならこの場合、外国に承認された独立国家に対する侵略戦争となり、憲法違反ですから。たとえ、この新国家が住民の大量虐殺を行っていたとしてもです。

結語:
ダッカ事件で福田総理は「人命は地球より重い」と言い、村山首相は震災に際して自衛隊の投入を渋った。してみると、現憲法は人命よりも重いと言えるようです。
(ネタです。御気になさらぬよう)
犬笠銀次郎 2005-11-05 12:54:30 No.249880
どんな種類の戦争も交戦権を持って行うが、現憲法ではその交戦権が否定されている。日本の民度が低い現状ではともかく、将来的には憲法改正は必要となろう。

http://www6.speednet.ne.jp/~91nj1r0/
http://ginjiro.blogspot.com/
三保 平清 2005-11-05 18:38:09 No.249960
   ジャッカル殿
私は日本人だ。そして人間だ。見損なうな。
水戸黄門(本物) 2005-11-05 18:53:12 No.249967
そういえば、護憲派って理論が面白いよ。
護憲の意味は日本の軍国化防止と、戦争突入防止のためかとおもいきや、アジアのため、という言葉がきがさきにでる事が多い。ようするに、中国・朝鮮の
威嚇行為になると考えているらしい。

昭和の殉難者 2005-11-06 23:05:50 No.250329
ジャッカルさんへ

最近掲示板の仕様が変更されたのでいつまで続くか分かりませんが取りあえず書き込みをします。

あなたの説
『その解釈なら、アメリカとイラクが戦争をした場合も「国際紛争」であって、わが国がそれに関与するのを憲法九条が禁じているのではないですか?
そして集団的自衛権というものは例からいくと、同盟国だからって理由でアメリカを軍事支援する権利のことなんですよ。』とか、
又、『じゃあ、憲法九条は集団的自衛権を禁じているじゃないですか。
あなたは憲法の前文をちょっとつまんでそれを根拠にする曲解以外に、どういう解釈をすれば集団的自衛権容認が憲法に明記されていることになるんでしょうか?』との事。

私が聞きたいのは、憲法の何処に集団的自衛権行使の禁止が明記されているかです。
何処にも「集団的自衛権の行使が禁止」なんて明記されていないでしょ。
と言う事ですよ。
こちらが言いたいですよ。「直接、条項を書いて示してくださいよ。」と。

それから、あなたは『アメリカとイラクが戦争をした場合も「国際紛争」であって』と言われていますが、
あなたがイラク戦争を国際紛争と思っているだけの事ですよ。
我が国政府は、イラク国民がテロリストの襲撃に苦しんでいるから、イラク国民の福祉向上の為に我が国民の自衛隊は、命を懸けてイラク支援の為に参加しているだけです。

我が国政府では、国際紛争を解決する為に自衛隊を派遣した等とは誰も言っていませんよ。

あなたに言いたい「嘘を言いなさるな。」と
国際紛争がどうのこうのと政府関係者の誰が言ったのですか。
先ずは、その様に言った方の証拠を出してから、ほざきなさいよ。

証拠は何処にも無いでしょ。だから、私はあなたを嘘つきと名指しするのです。
ジャッカル 2005-11-07 16:37:28 No.250494
昭和の殉難者さん

>何処にも「集団的自衛権の行使が禁止」なんて明記されていないでしょ。

9条
1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、(他国間の)国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

憲法には、「他国間の戦争に関しては、武力の行使を放棄する」と書いてあるんです。理解できますか?
これが「集団的自衛権の行使が禁止」してある条項です。


>あなたがイラク戦争を国際紛争と思っているだけの事ですよ。我が国政府は、イラク国民がテロリストの襲撃に苦しんでいるから、イラク国民の福祉向上の為に我が国民の自衛隊は、命を懸けてイラク支援の為に参加しているだけです。我が国政府では、国際紛争を解決する為に自衛隊を派遣した等とは誰も言っていませんよ。

理由があれば、国際紛争が国際紛争ではなくなりますか?
それにあなたはイラク戦争の意味を、政府高官の発言を根拠として挙げたがっているようですが、気持ちは察します。
過剰な内政干渉の、大掛かりなイラク人ジェノサイドに、正当で客観的な理由を持たせるほど難しいものはありませんものね。
しかし、それでもあえて聞きますよ。
イラク戦争開始時の情勢をも勿論踏まえて聞きましょう。イラク戦争は一体何の意味を持っていたのか?
クルド人、イラク人民を蹂躙していたフセインを捕まえて死刑にするため?―あなたは昔こう言ってたかな。
では、間髪いれずに国連の意思でない爆撃に踏み切った理由は? 平和的解決を模索した跡が、さっぱり見られないのはなぜなの?

戦争を開始した国家とそれに追従した国家の建前を、馬鹿正直に受け取っていたら、大局を見誤りますよ。

>我が国政府では、国際紛争を解決する為に自衛隊を派遣した等とは誰も言っていませんよ。

例えどこぞの国家が他国への侵略戦争を画策したところで、自国民に「侵略戦争をこれからします」と正直に宣言する馬鹿政府関係者はおるまいよ。
もっと大局を見なさい。
ジャッカル 2005-11-07 16:42:47 No.250496
猿藤悟郎さん
犬笠銀次郎 さん

現行憲法下では、自衛のための戦争は否定されてません。

9条
1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、(他国間の)国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

ここに書かれている国際紛争とは、日本単独の自衛の戦争を指すのではなく、明らかに日本が関与していない他国が引き金を引いた戦争のみを指しています。
明記されてない以上、日本には、帝国主義国家の中国、韓国、北朝鮮、ロシアに対する自衛権はあります。

国際情勢を甘味して、この解釈以外はありえないでしょう。
ジャッカル 2005-11-07 17:25:03 No.250507
三保さん

僕たち、いつまでも仲良しですよね!
三保 平清 2005-11-07 17:51:44 No.250517
   ジャッカル殿
>僕たち、いつまでも仲良しですよね!
◆アホか。(但し堂々と論陣を張ってくるなら、受けてやろう)。
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