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日本の朝鮮統治に謝罪は無用

河内屋蒼湖堂 2004-07-21 11:35:00 No.49603
■お定りの『惡魔の無限連鎖』

昨年五月のこと麻生太郎自民黨政調會長の東大での講演の中での發言に關し、六月一日附の朝日新聞(本當は”チョウニチシンブン”とでも讀んだ方が正しいのかも知れません)は以下の樣に傳へてゐます。

【引用開始】
東亜日報など韓国大手紙数紙は2日付朝刊早版で、麻生太郎・自民党政調会長が5月3
1日、東京大学で講演し、「朝鮮半島が植民地だった時代に日本が行った朝鮮人創氏改
名は、最初は当時の朝鮮人が望んだことだ」との趣旨の発言をしたことについて、「妄
言」などの見出しで批判的に報じた。2日付ハンギョレ新聞によると、外交通商省スポ
ークスマンは1日、「盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領の訪日を控え、責任ある政治家が
間違った歴史観の下に時代錯誤的な発言をしたことは、実に嘆かわしく失望する」と遺
憾の意を表し、謝罪などを求めることを明らかにした。
【引用終了】

例によつて例のパターンです。

埒も無いことを態々取り上げ、國内反日マスゴミ(誤字ではありません、文字通り”ごみ”です。)が韓國にご注進 → 韓國政府がこれに敏感に反応、韓國マスゴミと国民を扇動 → 朝日以下の國内反日マスゴミは韓國の反應を更に過大に報道、一層煽り立てる・・・・・
將に『惡魔の無限連鎖』としか言ひやうがありません。

此方の皆樣ならよくご存じの通り、所謂”從軍慰安婦問題””強制連行問題””創氏
改名問題”は、韓國と一部の反日日本人たちが造り出した「爲にする問題」に過ぎませ
ん。韓國側だけが一方的に主張する「歴史認識」など、私達日本人が元より共有出來る
筈もありません。
河内屋蒼湖堂 2004-07-21 11:40:00 No.49607
■所謂”創氏改名”に關する致命的な誤謬

麻生氏の發言にもある樣に、所謂”創氏改名”のきつかけの理由の一つには、滿洲へ移住した朝鮮人からの要求や嘆願が有つたことは紛れも無い事實です。
此の邊りの經緯は「韓国は日本人がつくった 朝鮮総督府の隠された真実:黄文雄著 平成十四年 徳間書店刊行」に詳しく述べられてをります。

概略を述べれば、滿洲國に住む朝鮮人達が漢人から樣々な迫害や差別を受け、それに對抗する方策として大日本帝國臣民と同じ名前を欲し、時の朝鮮總督南次郎大將に陳情・嘆願したのがその端緒です。

興味深いのは”創氏改名”の元となる、朝鮮總督府政令第十九號(昭和十四年十一月十日)の中の、朝鮮民事令十一條が正式に施行された日付です。
それは翌年の昭和十五年二月十一日です。賢明な讀者は既にお氣付きかも知れませんが、
この日は將に皇紀二千六百年の紀元節に當ります。朝鮮人の要望を端緒として、紀元二
千六百年記念事業の一つとして”創氏改名”が許可されたと云ふこともまた事實です。

昭和十四年十月二十二日附の總督府官報にも「半年間に限り希望する者には創氏改名を許可する。半年を經ても屆け出ない者に關しては從來通りの姓名とする。」旨が明記されてゐます。即ち、希望者のみの申告制であったことがここにもはつきりと現されてをります。
河内屋蒼湖堂 2004-07-21 11:41:00 No.49609
結論から申上げて、所謂”創氏改名”は日本統治下の朝鮮に於て日本名を朝鮮人に名乘る樣に強制したものなどでは斷じて有りません。

麻生氏が正論(歴史的事實の指摘)を述べながらも、壓力に屈し、いとも簡單に陳謝して仕舞つたことは國民として殘念でなりません。
「發言は撤囘しないが、お詫びする。」などと云ふ腰の碎けた見苦しい姿勢には、泉下の御祖父もさぞお嘆きのことでしたでせう。
小泉首相以下、閣僚を含め全ての日本の政治家には、先づ「正しい歴史の事實」を知ることと、何よりも「是は是、非は非」を貫く姿勢こそをお持ち頂くことを願つて止みません。
河内屋蒼湖堂 2004-07-21 11:42:00 No.49611
■ 謝罪など一切無用

日本人の惡い癖は、謝罪すればそれで全てが終ると思つてゐることです。惻隱の情を持ち、全てを水に流す文化を持つた古き佳き日本人同士ならそれでも宜しいのです。
が、根本的に思想や文化の違ふ相手に取つてはさうではありません。GlobalStandard とやらに當て嵌めれば、謝罪は單なる出發點であつて、その後には賠償が有り、最終的に和解となる譯です。但し、韓國や北朝鮮、そして中共相手にはさうは參りません。彼等には 日本人の基準や思考は勿論、GlobalStandard さへも通用しません。

前稿で私は『惡魔の無限連鎖』と云ふ言葉を使ひましたが、彼等が聲高に唱へる歴史問題(所謂、從軍慰安婦、強制連行、創氏改名、南京虐殺 其の他)に付いても同樣のことが云へます。何等根據の無い無意味で安直な謝罪の結果、日本は『惡魔の蜘蛛の絲』に絡め取られてゐます。

中韓は何かと云へば傳家の寶刀、歴史問題を振り翳します。それは靖國問題を含め、歴史問題が日本に對して有效な武器になると信じてゐるからです。
此の儘從前通りの對應を續ければ、彼等は未來永劫 謝罪と賠償を要求し續けるのは必定です。彼等が更に新たな問題を創り出すで有らうことも容易に想像が付く筈です。惡魔の無限連鎖も蜘蛛の絲も、それが根據の無いものなら何處かで斷ち切らねばなりません。我々平成に生きる日本人に取つて、この日本は父祖からの遺産であると同時に、次世代への大切な預かり物で有る筈です。その爲にも斷ち切らねばならないのです。それが我々の務めです。
河内屋蒼湖堂 2004-07-21 11:44:00 No.49612
元々國家間に於いては條約の締結とその履行こそが全てであり、國家間での謝罪など存在し得ないのです。
中華人民共和國に關しては昭和四十七年の日中共同聲明、同五十三年の日中平和友好條約、韓國に關しては昭和四十年に締結された日韓基本條約で全て解決濟です。

昭和五拾七年の鈴木善幸氏の教科書問題に關る發言「過去の戦争を通じ、重大な損害を与えた責任を深く痛感している。『侵略』という批判もあることは認識する必要がある。」を始めとして、中曾根康弘氏、海部俊樹氏、宮澤喜一氏、細川護煕氏、村山富市氏、そして小泉純一郎現首相さへもが、相手側の(捏造と虚飾に滿ちた)一方的な言ひ分を認め、其の場逃れの謝罪を繰り返して來ました。更に愚かなことには、中曾根政權は先帝陛下を、宮澤政權は今上陛下までを卷き込みました。

然し、それでもなほ謬りは謬りです、當然のこと事實は飽くまでも事實です。
敢へて端的な比喩をすれば、嘗て歴代の首相が行つた全ての謝罪は、暴力團に恫喝され無理矢理に書かされた念書の類ひであると考へます。誤ちを改むるに憚ること勿れ、と申します。謂はれなき念書など即刻敗り捨てるべきなのです。
河内屋蒼湖堂 2004-07-21 11:47:00 No.49613
我々日本國民と日本政府は是は是 非は非を貫き、倦まず弛まず言擧げを續ける民であり政府で有らねばなりません。凡ゆる機會に中韓の唱へる謬論を糺し、正論を主張し續けなければなりません。

昨年の麻生太郎氏の發言問題でも、一つだけ救ひがありました。
十年も前なら、麻生氏は發言の全てを撤囘謝罪した上に、即刻辭任に追込まれたことでせう。少し前のことですが「朝鮮統治時代の日本は、惡いことばかりではなく良いこともした。」と言つた奧野誠亮氏は閣僚辭任を強要されました。
昨年の麻生氏の件では、反日マスゴミの惡質な煽動にも拘らず、多くの國民は冷靜に反應してゐたと感じました。

泰平に狎れた日本人に、北朝鮮による拉致事件が衝撃を與へたことも一つの契機となつたのでせう。インターネットの普及によつて廣範圍な情報の入手が可能になつた影響も大でありませう。
私達日本人はこれを機に覺醒し、今一度歴史の事實に立ち戻つて、過去に抱いた無用の罪惡感を拂拭すべきであると考へます。
河内屋蒼湖堂 2004-07-21 11:49:00 No.49614
■ 韓國の”爲にする問題”の傾向と對策

創氏改名問題は言ふに及ばず、中韓と彼等に與する反日日本人たちが次々に持ち出して來る「歴史問題」など、所詮は取るに足りぬものであると私は捉へてをります。都合の惡い部分は全て隱蔽し、自己に都合のよい極く一部分だけを極端に肥大化させ、それでも飽き足りずに捏造までしても平氣です。一方的に自らの言ひ分を捲し立て、押附けた揚げ句、ひたすら拜跪することを求めます。「それは事實ではない」と一言でも反論しやうものなら「反省が足りない、誠意がない」と居丈高に開き直り口を極めて罵ります。何のことはない、やくざと全く同じ論理と行動樣式です。

問題はやくざに對峙する時の原則を辨へぬ方にもあります。こちらが半歩退けば一歩、一歩讓れば更にもう二歩踏込んで來るのがやくざの習性です。ですから正當な事由が無い限り・・・・否 それがもし部分的に正當で有つたとしても、假令一歩たりと雖も絶對に退いてはならないのです。これは鐵則です。やくざが世間に巣食ふダニであり人間の屑であることは今更論を待ちませんが、それをのさばらせる側にもやはり責任は有るのです。

謬つた民主主義と偏つた自由・平等・人權意識に毒された戰後の日本人が、人間としての最低限の常識や矜持さへも喪つて仕舞つたことは殘念でなりません。
ここ談話室に於いても何度も指摘されて來たことですが、歴史の事實を見詰めるのに、今風の人權意識や平等思想(これは、徒らな同情や憐愍と言ひ換へても宜しいのでせう)は不要です。また歴史を振返り檢證するのに、現在の尺度を以てすることは絶對の禁物です。
そんな當たり前のことにも氣付かぬ、現在の日本の風潮に絶望感を持つこともあります。
河内屋蒼湖堂 2004-07-21 11:51:00 No.49615
正直申し上げて、日本人は自國の歴史に附いて餘りに無頓着に過ぎます。もつと言へば、
國民として當然知つておかねばならない自國の歴史や過去の事實に關する知識を殆ど持たないのです。無知は必ずしも恥ではありません。然し、無知であることを自覺しない、或いは、必要であるのに識る努力しないことは、時としては罪でさへあります。

我々戰後の日本人は、中韓と國内に蠢く亡國之徒と言ふ「やくざ」に乘ぜられたのです。先人の苦勞も想はず、自國の歴史も識らず、故に己れに自信を持てず、毅然とした態度で接することも出來なかつたのです。だからこそ易々と乘ぜられ、拜跪し、故無き謝罪を繰り返して來たのです。政治家に限らず、日本國民の一人一人が正しい歴史の事實を探り身に着けることは、日本が”普通の國”になる爲の必須要件です。
河内屋蒼湖堂 2004-07-21 11:56:00 No.49617
■ 正しい歴史認識とは
コリアンと中共、そして彼等に與する反日日本人達が、二言目には繰り返す言葉に「日本人は正しい歴史認識を持たなくてはならない。」と云ふものがあります。
然し彼等の云ふ「正しい歴史認識」とは、畢竟自分達に取つてのみ都合の良いものに過ぎません。抑も、現在、過去、未來とに亙つて夫々の國同士の利害得失が複雜に絡み合ふ以上、彼我ともに同樣の歴史認識など持ち得る筈がないのです。

コリアンは、日本の朝鮮統治は土地、財産の侵奪のみならず、文化、習俗、言語、名前さへも奪つた「世界に類例の無い暴戻と惡逆に滿ち滿ちた非道極まる植民地支配で有つた」と主張します。

日本が實際に行つた朝鮮統治は、本當に彼等の云ふ通り惡逆無道で暴戻極まるものであつたのでせうか?
また日本が朝鮮統治に至るまでの經緯は、當時の國際常識や情勢に照して非常識なものであつたのでせうか?
或いは、違法なものだったのでせうか?

私の答は「雙方共に斷じて否」です。
我等が父祖と、次世代への名譽にかけて申上げます。
日本の朝鮮統治は反省や謝罪の對象では斷じてありません。
歐米諸國の植民地支配などとは全く次元の異なるもので、決して同列に論ぜられるべきものではありません。
また、統治に至るまでの經緯も不法不當なものでは無く當時の國際法上問題の無い正當なものでした。
河内屋蒼湖堂 2004-07-21 11:59:00 No.49618
「正しい歴史認識」とは、先づ事實(史料)を冷靜に觀察し、各々の時代背景に基づく正當な評價を積上げることに據つて形作られるものです。
國家の都合や徒らな感情論に根差すものであつてはなりません。況んや 他國に對して一方的に強要するものではありません。

以下、私なりに日本の朝鮮統治に至る經緯と其の内容に附いて、事實に基づき檢證してみたいと思ひます。
河内屋蒼湖堂 2004-07-21 12:00:00 No.49619
■ 日韓併合の法的根據

明治九年に締結された「日朝修交條規」に始まり、日露開戰に際して交された「日朝議定書」(明治三十七年二月調印)、日本人財政顧問の受入れ等を定めた「第一次日韓協約」(同年八月締結)、韓國の外交權を一時的に日本が所管することを謳つた「第二次日韓協約」(明治三十八年十一月締結)、日本が指導して内政の改善に勤めることを定めた「第三次日韓協約」(明治四十年七月締結)などの條約を經て、明治四十三年八月二十七日「日韓併合ニ關スル條約」の締結により、韓國は日本の統治下に入りました。

さて、昭和二十六年のサンフランシスコ講和條約の締結に際し、外務省條約局は「平和問題に關する基本的立場」と題する文書の中で次の樣な見解を示してゐます。
---------------------
(聯合國は)カイロ宣言とヤルタ協定に於いて、日本から剥奪され可き領土は日本が盜
取し、または暴力と貪慾若しくは背信的攻撃によつて掠取したものである樣に云ふ。我
々は臺灣及び樺太の取得、朝鮮の併合または南洋諸島の委任統治受諾に對して、斯樣な
犯罪的非難を加へられることに對しては反對せざるを得ない。日本は(先に擧げた領土
に關し)どの場合にも當時の國際法、慣行に嚴に準據して行動したのであつて、日本の
措置は列國の承認するところであつた。【要約と括弧内の注釋は筆者による】
----------------------
河内屋蒼湖堂 2004-07-21 12:01:00 No.49621
上記が日本國政府の正式且つ基本的な主張であつて、全ては此に盡きます。
日本政府はこの主張を崩すこと無く、飽くまで毅然とした態度で貫き通さねばならないのです。

實際「日韓基本條約」(昭和四十年締結)の第二條には、「1910年8月22日以前に大日本帝國と大韓帝國との間で締結された全ての條約及び協定は最早無效であることが確認される。」とあります。これは取りも直さず「日韓併合條約は正當適法でなもので有つたが、此の日韓基本條約によつて無效になる」と云ふことを意味します。

また、時の首相佐藤榮作氏は本件に關して次のやうに述べてゐます。

「舊條約の問題に觸れられましたが、これは私が申上げるまでも無く、當時大日本帝國と大韓帝國との間に條約が結ばれたのであります。これが色々な誤解を受けてゐるやうでありますが、條約である限りにおいて、これは兩者の完全な意志、平等の立場に於て締結されたことは、私の申上げる迄もございません。從ひまして、これらの條約はそれぞれ效力を發生して參つたのであります」【昭和四十年十一月十九日衆議院本會議】

この答辯もまた日韓併合條約が法律的根據に基づく合法的なもので有つたことを確認してゐます。これ以降も幾度か「日韓併合條約」の法的根據に關する國會での質問がありましたが、政府は一貫して「對等の立場で、自由な意志で、合法的に締結された條約」である旨を主張して來ました。
河内屋蒼湖堂 2004-07-21 12:02:00 No.49622
■韓國・北朝鮮の論據

對して、韓國や北朝鮮は全く逆のことを主張して來ました。

即ち「日韓基本條約第二條で日韓併合條約の無效が確認されたのは、抑も同條約自體が當初から無效であつたからだ」と云ふのです。何とも愚劣で稚拙極まる論理です。自らの主張(日韓併合條約無效論)に關する明確な國際法の提示や解釋は一片も示さず、彼等の依據する所は唯この一點なのです。
全くお話にもなりません。私は屡々彼等をやくざに喩へますが、僅かなりとも正氣が殘つてゐるなら、假令やくざだつてもう少しまともな「言ひ掛かり」をつけます。「盜つ人にも三分の理」ではありませんが、どうせ因縁を吹つ掛けるならもつとましなものにして貰ひたいものです。

この「やくざ以下の言ひ掛かり」に同調して來たのが、日本共産黨や嘗ての社會黨、そしてそれらに與する反日的日本人達です。
河内屋蒼湖堂 2004-07-21 12:03:00 No.49623
和田春樹氏と云ふ人物をご存じでせうか?

北朝鮮擁護派の代表選手・・・と云ふよりも、樣々な證言や明らかな事實を無視し拉致事件を否定し續け、凡ゆる機會を通じて日本と日本人を侮辱し貶しめ續けた典型的反日日本人です。この人物の前職が東大教授であることに私は絶望感さへ覺えます。
昨年の小泉首相訪朝で日本人拉致事件の全容が明らかになつてからも、醜惡な言ひ譯を繰り返すばかりで、事實を事實として受入れることさへしません。
その和田春樹氏が著書の中でかう述べてゐます。
【引用開始】
日本側は植民地支配は条約にもとづく合法的なものであり、謝罪も補償も必要ないとし
たのです。【中略】日本が朝鮮を植民地にしたという事実を、反省の前提として明示す
ることが回避されているのです。日韓条約第二条の解釈は改められていないからです。
【引用終了】「提言・日本の朝鮮政策」より引用(岩波ブックレット #129)

つまり、これまでの日本政府の見解を覆せと主張してゐる譯です。韓國と北朝鮮の申し分をその儘日本政府が受け容れよ、と云ふのです。

反覆を懼れずに敢へて記しますが・・・
「抑も日韓併合條約は當初から無效(法的根據の無い、非合法なもの)であつた。それ故に日韓基本條約の第二條で無效が確認されたのだ」との、荒唐無稽な言ひ掛かりを呑めと主張してゐるのです。附言すれば「暴力及び慾望によつて大日本帝國が掠取」し「奴隸状態」に置いたと看做す『カイロ宣言(昭和十八年十一月二十七日)』の英米中三國の見解を全て認めよ、と云ふことなのです。
河内屋蒼湖堂 2004-07-21 12:05:00 No.49626
■再び 正しい歴史認識
百歩讓つて、民族自決(自立)を尊重する現在の價値觀に立脚すれば、如何に合法的な
ものであつたとは云へ、日本の朝鮮統治は些かの問題を無しとはしません。
然し、現在の價値觀や思想で歴史の事實を裁いたり斷罪すべきでないことも自明です。
先に擧げた外務省條約局の文書の中の「日本はどの場合にも當時の國際法、慣行に現に準據して行動したのであつて、日本の措置は列國の承認するところであつた。」との政府見解を無視して、韓國と北朝鮮に對する歴史認識を語ることは出來ないものと考へます。

次稿からは、日本朝鮮統治以前の状況と日本統治の内容を示しながら、我等が父祖への謂はれ無き誹謗中傷と侮辱に對して反論致したいと考へます。
河内屋蒼湖堂 2004-07-21 12:08:00 No.49628
■ 日韓併合に至るまでの時代背景

先づ注目しなければいけないのは、十九世紀から二十世紀にかけての東アジアの情勢です。十九世紀中頃の東アジア各國は列強の植民地化の危險に曝されてゐました。(李氏朝鮮の宗主國であり超大國と目されてゐた)清國でさへも阿片戰爭で英國に敗れ各國に強い衝撃を與へます。日本は明治維新を斷行し開國と富國強兵策で、此の危機を打破しやうとしたのです。然し、それだけで日本が帝國主義國家になれた譯では勿論ありません。日清・日露の兩戰役でも、各國は「日本の必敗」を豫想してゐました。それが當時の國際的な常識であり一般感覺であつたのです。
當時の東アジアの諸國民の考へ方は、日・朝・中三國が一緒になつて歐米列強に坑すべし、と云ふものでしたが、甲申政變に據り朝鮮の開化派が一掃されると、遂にあの福澤諭吉までもが匙を投げます。朝鮮との連携を諦め「亞細亞東方の惡友共との謝絶」を公言する「脱亞論」を發表しました。

十九世紀は歐米列強の世界分割がほぼ完了した時代とも云へます。西洋文化圈以外の國々で歐米列強の植民地に轉落しなかつた國はほんの僅かでしかありません。超大國のあの清國でさへ、阿片戰爭以後は分割や植民地化の危機に曝され青息吐息でしたから、朝鮮がいづれ何處かの國の植民地になることは避けられない状況でした。これは「一つの歴史的必然」であつたとさえ言へます。
十九世紀後半からの朝鮮半島は、『西風東漸』の影響を排除することが出來ず列強蠶食の場となります。從來の脅威であつた英米佛以外にも、新たに三つの勢力がその地位を脅します。三つの勢力とは即ち、舊宗主國で支配強化を目論む清國、南下政策を取るロシア、そして日本を指します。
河内屋蒼湖堂 2004-07-21 12:11:00 No.49629
日清戰爭では清國が、日露戰爭ではロシアが敗れ、結果的に日本が殘つたと云ふ譯です。東アジア情勢の不安定要因は朝鮮にあり、と當時の列強は見てゐました。日露戰爭集結後の列強諸國の「Power of Balance:勢力均衡」からすれば、アジアの安定の爲には「朝鮮の日本保護國化」がどうしても必要であると考へたのです。それ故 日露戰爭後のポーツマス條約(明治三十九年)ではロシアもそれを承認しましたし、米國大統領ルーズベルトも「自立出來ない國家にはそれしか無い」と認めました。東洋平和の爲に「將來の禍根を根絶するためには韓國の保護國化が絶對必要である」とも小村壽太郎全權(外相)に述べてゐます。
斯くして、桂太郎首相・タフト米陸軍長官との協定(明治三十九年)で米國は日本の韓國支配を認め、第二次日英同盟(明治三十九年)に於いては英國も日本が韓國に對し「指導、監理及び保護」を承認したのです。

これら日本に對する列強の承認は、日本が米國のフィリピン統治と英國のインドでの特権行使を認めることと交換になされたことを、ここでは明らかにしておきます。
フィリピン、インド、そして韓國の國民に取つて、自分達の與り知らぬところで此の樣に勝手に決められるのは迷惑千萬な話であることは認めます。然し、それらは飽くまでも現在の價値觀に基づくものでしかありません。正しい歴史認識とは、過去の事實を現在の價値判斷や常識で裁くことでは無いのです。物差しは全て夫々の時代に合致したのものでなくてはなりません。
私は日本が朝鮮を統治するに邊つては「當時の國際法、慣行に嚴に準據して行動したのであつて日本の措置は列國の承認するところであつた」との日本政府の見解を、全面的に肯定しこれを支持します。
河内屋蒼湖堂 2004-07-21 12:12:00 No.49630
■ 韓國の歴史歪曲と日本統治の實際
以下は韓国の中学校用国定歴史教科書1997年版からの引用です。

【引用開始】
〔国権の侵奪〕高宗皇帝を強制的に退位させた日帝は、軍隊をも解散させた後、大韓帝
国を植民地にするため侵奪を続けた。すなわち、大韓帝国の司法権を奪った後、警察権
さえ統監府が握り、行政、司法、治安などの支配権を強化した。日帝は、李完用を中心
とする親日内閣に対し、大韓帝国を日帝に合併させる条約を強要し、ついに韓民族の国
権を強奪した(1910年)。この結果、長い間、独自の文化を作りながら発展してさ
た韓民族は、日帝の奴隷的な状態に成り下がることになった。
【引用終了】

前稿をお讀みになれば、この文章が如何に一方的で虚飾に滿ちたものかがお解り頂けると思ひます。

既に述べました如く當時は帝國主義の時代でした。謂はば世界規模の戰國時代であつた
のです。時代に取り遺された弱小國の存續は困難極まるものでした。
「日帝が強制的に退位させた」と言ひますが、高宗が救ひ難い暗愚の皇帝であつたかは廣く知られるところです。
河内屋蒼湖堂 2004-07-21 12:22:00 No.49632
高宗の側近 洪鐘宇は『こんな國王を戴きながらも韓國が滅びないのは僥倖である・・・韓
國も今や末路である。滅びざる國は無く四千年の舊邦も今は斷末魔に近づいてゐる』と
嘆きました。(青柳綱太郎著「李朝史大全」より引用)

君主は民を顧みず、官僚は腐敗し、人心は荒廢しきつてゐました。此の樣に指摘すれば韓國の方々の猛反撥を買ふことは私とて充分に承知してをります。然し、それでも猶敢へて申上げれば、李氏朝鮮から大韓帝國に至つた韓國は、李氏五百年の政治の宿痾が溜りに溜り、もうどうにもならない状態に爲つてゐたことは事實です。ここに日韓併合の必然性と言ふべきものが有つたことは、歴史の事實として無視することは出來ません。

十九世紀の初めから幼い王が四代も續き、政治の實權は王の外戚に移りました。これを畿道政治と呼びます。王の外戚が要職を獨占し、賄賂の横行や賣官賣職など凡ゆる不正が蔓延し政治機構は紊亂を極めました。

坪谷善四郎と云ふ人が「北清觀戰記」の中で、日清戰爭後の朝鮮の状況を書いてゐます。

【引用開始】
朝鮮の政治的命脈は気息奄々であつた。何時滅亡するかといふ状態だつた。
鶏林各道[筆者註:朝鮮半島を示す)の山河は、開拓すれば将来大富源となることは疑
ひないところだつた。だが、政治は腐敗し、堕落は横行し、巨費を投じて官を買ふ徒は
財を奪ふなど人々を苦しめた。十三の長官などは三年その職に居れば子孫は三代の後ま
で寝転んでわが世の春を謳歌できた。かう云ふのが実状だから、富めば役人に奪はれる
ため、人々は働いて富を得やうとするものはない。人民は怠け者となつた。その日暮し
の衣食住さへ足りればいい、とした。土地があつても耕さない。鉱山があっても採掘も
しない。漁民も働かない。山林は乱伐にまかせた。国をあげてその日暮しである。かう
して国運は日に日に衰へる一方だった。
【引用終了】
河内屋蒼湖堂 2004-07-21 12:23:00 No.49633
これは韓國自身も等しく認めるところです。現在使用されてゐる歴史教科書でも、數頁を割いて畿道政治による中央、地方政治の腐敗の實例を擧げてゐます。

加へて當時の朝鮮は自國を防衞する能力を持ちませんでした。人口一千三百萬人に對し、正規軍は僅か二千數百名を算へるのみ。警察とさへ呼べないものでした。何故さうなつたかのは判然としません。(恐らく宗主國たる清への遠慮と依存心に據るもので有りませう)高麗時代でさへ人口は其の半分以下で約四萬五千人の中央軍を擁してゐました。自國を防衞する能力が朝鮮にないことは世界公知の事實でした。いや、國防はおろか、壬午軍亂、甲申政變、東學黨の亂でさへ、自國では鎭壓することが出來ず宗主國清に援軍を仰いでゐます。

朝鮮の歴史を識れば識るほど、彼等自身の手で近代文明化と獨立を得ることが如何に絶望的で有つたかが分ります。當時の朝鮮人の中でもそれを自覺した人々が、國と民族の將來を日本に託し併合への道を選んだのでせう。一例を擧げれば「一進會百萬人」が有ります。日本はそれに應へ朝鮮の近代化に力を盡くしたのだと考へます。勿論 そこには日本なりの思惑や都合も有つたであらうことは否定しませんが、少なくともこの二つの事實だけは韓國人も自覺し認めるべきであると考へます。
河内屋蒼湖堂 2004-07-21 12:24:00 No.49634
ここでヘレン・ミアズ著「日本・アメリカ人にとっての鏡」を引用します。譯文は「醜い韓国人」朴泰赫著 平成五年 光文社刊によります。

【引用開始】
「1894年7月29日に、韓国におけるわが代表であったシル氏は、次のように書いている。『日本は韓国に対して非常に親切に行動したいと思っているように見える。日本は断乎、中国の統治権の軸を解き放って、弱小な隣国を援け、その独立国としての立場を強化することのみを希望しているように見える。即ち日本は、韓国国民に平和と繁栄と開化をもたらすような諸改革の実行を支援しようとしている。この動機は知識層の韓国官吏の多くを喜ばせているし、また、アメリカでも不賛成なことはなかろうと私は思う』 (中略)」

「今日、日本による朝鮮『隷属化』を非難するのにあたって、われわれは朝鮮において日本政府は、例外的なぐらいにひどい植民地統治をやったという。しかし、病院、学校、朝鮮人の政治への参与(地方行政の場合)、通信、産業の発達、資源の開発など、通常『進歩的』発達の標準として認容されている基準から判断すれば、日本の記録は、通常の植民地母国の標準、いや、はるかにそれに、立ち勝っていた。今日、日本の朝鮮統治を非難する者はその根拠を、日本の主要な目的が朝鮮大衆の福祉よりも、日本自身の国家の安全の確保と経済的財政的福祉にあった、ということに置くのだ。しかし、そのような状態は、すべての西ヨーロッパ植民地母国によって、当然なことと容認されているのである」
河内屋蒼湖堂 2004-07-21 12:25:00 No.49635
「朝鮮において悪かったことは、日本の統治ではない。植民地制度そのものであった。1894年当時、アメリカ人のシル氏が日本の改革計画に賛同して、『国民に平和と繁栄と啓発をもたらすもの』と評価したとき、おそらく氏はこの人道主義的な言葉をまじめに書いたことだろう。日本人は、朝鮮国民の『指導』の責任が日本にあるとする理由を説明するのにあたって、朝鮮のように長年の虐政でひどく痛めつけられた国民には、『独立』などは不可能であるといった。おそらく日本人はそのとき、今日、われわれが同様なことを口にしているのと同程度に、真剣なことだったろう」
【引用終了】

日韓併合を歐米諸國の植民地政策と單純に同一視し一方的に非難する人々は、李氏朝鮮が平和で豐かな樂園、王道樂土で有つたとでも思つてゐるのでせうか。だとしたら、もつと目を見開いて近代朝鮮史を勉強し直すべきです。末期の李氏朝鮮は、政治的にも經濟的にも破綻し、精神も文化も疲弊仕切つていたことは明白な歴史的事實です。これは官僚や兩斑が自らの榮達や蓄財に狂奔し、ただ民衆を搾取することしか考へてゐなかつたからです。
河内屋蒼湖堂 2004-07-21 12:27:00 No.49636
■ 再び日本政府の正式な見解

私が前稿に於いて示した、外務省條約局「平和問題に關する基本的立場」と題する文書の冒頭では、朝鮮統治の内容に關して以下の樣に述べてゐます。

【引用開始】先づ指摘したい點は、日本のこれらの地域に對する施政が、決して世に言
ふ植民地に對する搾取政治と目されるものでは無かつたことである。逆にこれらの地域
は日本の領有となつた當時はどれも最も未開發な地域であつて、各地域の經濟的、社會
的、文化的の向上と近代化は專ら日本の貢獻に據るものであつた。そして日本がこれら
の地域を開發するに當つては、年々國庫から各地域の豫算に對し多額の補助金を與へ、
また現地人に資本の蓄積が無い關係上、多額の公債及び社債を累次内地で募集して資金
を注入し、更に多くの日本の内地法人が、自らの施設を現地に設けたものであつた。一
言にして云ふと日本の統治は『持ち出し』に爲つてゐる」
【引用終了】
河内屋蒼湖堂 2004-07-21 12:28:00 No.49637
■ 日本が朝鮮に齎したもの、歐米植民地政策との違ひ

(一)
歐米諸國は植民地の民衆に對する教育には殆ど力を注がなかつた。然し、日本は韓國内に四千九百四十五校の初等學校を設立(併合前の四十二倍)、就學率は實に六十%にまで達した。また歐米諸國は植民地の自治能力を高める意志など全く以ち合はさず、國家を運營する爲に不可缺の中高等教育をを受けた各種人材の育成を怠つた。對して日本は京城帝國大學の創設や、中等以上の教育精度の確立に多大な力を傾注した。即ち、四百七十校の各種學校を設け、この數字は併合當時の約二十倍である。

(二)
歐米諸國は現地住民の食料よりも、コーヒー、砂糖キビ、麻、綿 等の商品作物栽培に力を注ぎ(或いは強要し)農村を疲弊させ屡々饑餓を齎した。對して日本は、貧しかつた朝鮮經濟を興隆させる爲に農産物(主として米)輸出の振興を圖り、農民の生活安定化の爲の農村振興運動に取り組み、韓國農業を發展させた。

明治三十八年當時 農業生産力が高いとされた朝鮮半島南部でさへ、米の平均收穫量は一反當り九斗に過ぎなかつた。因みに内地平均は一石六斗。朝鮮總督府創設當時朝鮮國内の産米高は約一千萬石であつたが、年を追ふ毎に増加し十八年後の昭和三年には一千七百萬石になつた。有史以來一度も一千萬石を超えることのなかつた朝鮮國内の産米高は、更に漸増し常に二千萬石を突破することになつた。これは歴代總督が、食糧生産の充實と米穀生産性向上に竝々ならぬ努力を重ね、治水、灌漑、土地改良、品種改良、耕法改善、小作法制定、農民の爲の低利融資、生産獎勵に務めた結果である。また、それまで濫伐や燒畑農業によつて荒廢し盡くした山野を蘇らせる爲、日本は統治の開始と同時に各地で大規模な砂防林、水源涵養林の植林を行つた。
河内屋蒼湖堂 2004-07-21 12:29:00 No.49638
(三)
歐米は植民地に對し苛酷な徴税を行ひ、厖大な資金を吸上げ、本國經濟を發展させた。
かたや日本は、個人の所得には課税せず法人のみから徴收した所得税と、日本からの毎
年一千萬圓から一千九百萬圓に及ぶ補充金などを基にして、朝鮮の教育を含む凡ゆる環
境整備(ダム、水力發電所の建設、道路、鐵道網の建設と整備等々)に充て、全ての分
野での國民生活を發展させた。

(四)
歐米は本國の權益を守る爲に植民地の地場産業を崩潰させたが、日本は朝鮮に於て新た
に産業を興し、在來の産業に對しては各種の補助・獎勵政策を採つた。この結果日本の
統治下での韓國工業製品の生産額は一擧に十六倍に達し、當初は輕工業中心であつたも
のが、一轉重化學工業製品が生産額の過半數を占めるに至つた。

(五)
歐米諸國は民族の核となる原住民の王を追放したり、民族宗教、言語を徹底して抑壓す
る政策を取つた。然し、日本は舊大韓帝國皇帝一族を日本の皇族の一員として迎へて禮
遇した。韓國語も普通教育機關で必修科目として教へた。ハングルについても、文法を
編纂し教科書を作成し普及させてゐる。昭和十三年からは韓國語は附設科目に移された
ものの、殆どの學校で韓國語の授業は繼續して行はれた。宗教政策に於いても、日本は
韓國に於ける諸宗教の諸宗派に對して尊重の立場を守り、中立の立場を取つた。
河内屋蒼湖堂 2004-07-21 12:30:00 No.49639
■ 日本の朝鮮統治は謝罪の對象ではない

日本は三十六年間の朝鮮統治に付いて、先づ謝るべきだと主張する人々が居ます。彼等の依據する所は概ね以下の三點です。

(一)日本の植民地支配は元々が不法なものであり、且つ、世界一苛酷なものであつた。
(二)日本統治時代の朝鮮には何一つ良いことが無かつた。
(三)假に朝鮮の發展に日本が寄與したとしても、それは彼等が頼んだものではない

これまでの拙稿の中で夫々の誤謬に關し、事實に基づき縷々檢證して來ました。

(一)に關して言へば、韓國の歴史學會と政府そしてマスコミが三位一體と爲つて如何に歪曲を積み重ねて來たか、唯々呆れるばかりです。これに盲從した反日日本人についても同樣です。根本的には、單なる戰時プロパガンダに過ぎぬカイロ宣言を唯一無二のものとして押し戴き續けてゐることに原因があります。更に遡れば、三・一獨立運動の際の米國・中國での反日宣傳の亡靈が未だに彼等をして束縛し續けてゐる、と云ふことになります。
河内屋蒼湖堂 2004-07-21 12:31:00 No.49640
歪曲の筆頭は日韓併合以前の朝鮮の實態に關して全く認識が無いことです。
韓國人自身にその反省が無い限り、再び訪れるかも知れない亡國の危機を防ぐことは出來ません。歴史を學ぶ眞の目的は、先づ歴史に學んで過去の失敗を繰り返さぬことです。韓國人は當時の自國の慘状を隱蔽せずに、正しく認識し傳へることこそが重要だと考へます。

次には歴史事實の歪曲です。ほんの一例を擧げれば、土地調査の課程で農地の四十%を不當に掠奪されたと主張しますが、實質は僅か三%に過ぎません。

また三・一獨立運動の被害者數も死者七千五百九名、負傷者一万五千九百六十一名と唱へますが、これは總督府發表の、死者五百五十三名、負傷者一千四百九名の實に十倍以上に當ります。然も、韓國歴史教科書の本文では二萬名とし、コラムでは三萬名と言ひます。
勿論、總督府の數字も完全なものとは言へませんが、彼等が根據とする『朝鮮独立運動の血史』の著者、朴殷植が事件當時海外に居て「新聞報道や個人の傳聞的報告」だけで書かれたものであることを考へると、最低限兩論併記すべきでせう。

移民の原因に關しても、極く一時期の事象を指して、恰も全期間を通じてのもので有つたかの如く記述するのも不當極まる行爲です。これら事實の歪曲はほぼ全分野にわたるもので文字通り枚擧に暇なく、一々指摘するのも馬鹿々々しい程です。
河内屋蒼湖堂 2004-07-21 12:32:00 No.49642
第三には、昭和七〜八年以降の彼等の朝鮮史に於いて、日本の貢獻を全く認めやうとしなひことです。日本の貢獻が無ければ今日の韓國の發展は有りませんでした。李承晩政権下の韓國の停滞が何よりもそれを雄辯に物語つてゐます。つまり、日本の統治が終ると經濟の成長は止つたのです。
朝鮮と同じく日本の統治を受けた臺灣は、海南島と比較して經濟發展に對する日本の貢獻を認めてゐます。此の樣に書くとまた非難を浴びせられるか知れませんが、韓國ももし日本が統治してゐなかつたら、例へばフィリピンやインドと同程度の生活水準に留つたで有らうと思ひます。既述の通り、日本は農業・工業の振興に全力を注ぎ、朝鮮に産業革命を引き起したのです。一九三〇年代後半から一九四〇年代にかけての劃期的な生活水準の向上は、樣々な統計數字からも明らかで有つて、其の中で『内鮮一體』のムードが急激に盛上がつたこともまた事實なのです。更には、昭和四十年の日韓基本條約締結に伴ふ資金供與とそれ以降のODAによる經濟貢獻も決して無視出來得ない筈です。
河内屋蒼湖堂 2004-07-21 12:34:00 No.49643
次に、生活水準や經濟發展への日本の貢獻は認めながらも「そんなことは日本が勝手にしたことだ、朝鮮側から頼んだものではない」或いは「豐かになることだけが倖せだとは限らない」とする人々です。

「豐かに爲ることだけが倖せではない」こんなことを眞顏で言へるのは、本當の貧困も
飢ゑも識らない、識らうとしない人でせう。例へばアフリカの國々で饑餓と病氣に苦し
む子供達の姿を見て「物質的には惠まれてゐないが倖せだ」とでも仰るつもりなのでせ
うか。原始時代や古代の人間の方が倖せだつたなどと無責任に言ひ放つのは、饑餓や病
氣、そして自然が人間に與へる恐怖を識らない人達です。
河内屋蒼湖堂 2004-07-21 12:35:00 No.49644
日韓併合までの經過を見れば、多數の朝鮮の人々が腐敗しきつた政治による國民の困窮をに絶望し、内政改革と生活の向上を日本に縋つたことは明らかです。自らの國を滅ぼしてまでも其の樣に願つた人々は、比率からすれ必ずしも多數では無かつたかも知れませんが、それでもやはり存在したことは動かせない事實です。日韓併合は飽くまでも雙方の同意によつて調印され、列國の承認を受けた合法的なものでした。
また、日本とて全くの慈善事業で他國を助けるほど豐かな國では有りませんでした。日本は朝鮮が自立し友好國家としてロシアとの緩衝地對になることを欲していました。朝鮮に對する樣々な施策や貢獻には、日本なりの思惑が有つてのものだと云ふことは否定しません。然し、出發點はどうであれ、當時の日本と日本人は持ち前の生眞面目さと律儀さで樣々の發展と向上を齎しました。

私は韓國の人々に對して、日本の統治や樣々の施策を「有難く思へ」「感謝しろ」或いは「禮を言へ」などと主張したことは一度も有りませんし、其の樣な氣持ちさへ微塵も抱いたことは有りません。
聲高に日本の正義だけを叫ぶつもりも、日本は朝鮮統治で唯の一つも過ちを犯さなかつたなどと云ふ考へも持ち合せてはをりません。こちらに集ふ多くの皆樣方もきつと同じであると確信してをります。
河内屋蒼湖堂 2004-07-21 12:36:00 No.49645
ただ日本人の一人として默つてはをれないのです。

歴史を歪曲し事實を捏造してまで、私達の父祖を貶しめ、次世代への大切な預かり物である日本を罵る輩だけは許せないのです。
この件と北朝鮮が日本に對して行つて來た數々の國家犯罪に關してのみ云へば、朝鮮半島の人々にどす黒い怨念と惡意を感じない譯には參りません。
然し、それ以上にもつと激しい嗔りを抱くのは、俗に云ふ”反日日本人”に對してです。
何等歴史事實の檢證もせず、相手の一方的な申し分だけを受け容れた末に、自らの父祖を彼等と一緒になつて罵る人々です。
それが假令謬つた戰後民主主義と偏つた人權意識に毒された結果の行爲とは言へ、私には到底許し難いのです。”反日日本人たち”は、事實でも無く、論理でも無く、數字でも無く、況してや理性でさへも無く、感情と惰性だけで日本を貶しめ續けてゐるだけです。

私の場合大阪と云ふ土地柄、所謂在日を含め韓國の方とのお附合ひは決して少ないはうではありません。亡父の海軍時代の同期生や部下は彼の地にも多くをられ今でも親交があります。一般の在日一世にも多くの知人がをります。二世、三世の友人もをります。
不思議に感じたのは、戰前世代ほど親日意識が強く、戰後世代ほど反日意識が強いことでした。日本統治が韓國マスコミや反日日本人の云ふやうに苛酷で暴戻に滿ちたものであつたなら、これは正反對でなくてはならない筈です。
河内屋蒼湖堂 2004-07-21 12:37:00 No.49646
然し、よくよく考へてみれば、幾つか思ひ當る節はあります。
日韓基本條約が締結されたのが昭和四十年、其の後の十年間程はまだよかつたのです。
戰前と戰中を體驗しその時代に學んだ方々が、實業、政治、教育、其の他凡ゆる分野で實際に日本を擔つてゐた時代です。やがてその方々が第一線から退き、次世代が表舞臺に登場するのと時を同じくして日本は少しづつをかしくなり始めます。
次世代とは、日本の戰前、戰中を體驗してゐない世代、所謂「團塊の世代」と呼ばれる人々です。謬つた(日本の戰後)民主主義の下、東京裁判史觀とWGIPで眞つ黒に染つた教育を受けた世代です。日教組が主導し、反日マスゴミ、自稱進歩的(實質退歩的)文化人がこれを煽動しました。

一方韓國側を捉へれば、李承晩政權以降 繼續されて來た反日教育がありました。中共と同じく自らの政權への求心力を保つ爲、徹底して日本を敵視する政策を取りました。
日本の朝鮮統治に關する樣々の歪曲と捏造が形成されたのも、概ねこの時期かと思はれます。有體に云へば「郵便ポストが赤いのも、電信柱が高いのも、みんなウエノム(倭奴=日本人)が惡いのだ」式の、惡意と歪曲に滿ちた謬論、暴論の類ひです。
然し、韓國でも實際に日本の統治時代を經驗した人々が實社會の中心に居た頃はまだよかつたのです。其の樣な非常識な主張を堂々とすることは有りませんでした。また假令持出したところで、當時の日本と日本人なら一蹴したことでせう。それは取りも直さず、實際に朝鮮統治の中樞に居た多くの方がご存命であり、また戰前戰中を身體で知つた日本人が社會の中心に多數居たからです。
河内屋蒼湖堂 2004-07-21 12:38:00 No.49647
然し、日本と韓國の社會の世代交代が進むにつれ、状況は惡化します。
徹底的な反日教育を受けた世代の(統治の實相を體驗しない)韓國人が、國是としての「反日史觀」を振り翳し、日本と日本に對し謝罪と過去の清算を迫る・・・・
それに對して、東京裁判史觀に囚はれ「反日教育」を受けた(朝鮮統治の實相を知らない、歴史を知らうとしない)日本人は、まともな反論さへ出來ず相手の一方的な言ひ分に從つて故無き謝罪を行ふ・・・・此の樣な構圖が繰り返されて來ました。

以前にも書きましたが、昭和四十年の日韓基本條約で、日本と韓國のそれ以前の關係は完全に且つ最終的に解決しました。當然です、それが條約と云ふものであり、國家と國家の關係の常識です。ところが、韓國は昭和五十九年の全斗煥大統領の訪日時には天皇陛下の謝罪を求め、平成二年の盧泰愚大統領の訪日に際しても更にもう一歩踏込んでの謝罪を求めました。さうです、日本人の背骨が溶け出したのは、日本が本當にをかしくなり出したのは、この頃からです。此の理不盡極まる謝罪要求に對し先帝陛下は「痛惜の念を禁じ得ない」と仰つてをられます。不敬を顧みず敢へて聖意を推すとすれば、將に斷腸の思ひでのお言葉であつたと思ひます。韓國側の沒義道を糺すことなく、その要求を斷固として撥ねつけなかつた、時の首相中曾根康弘はこの一事を以てしても國賊と呼ぶに價します。
河内屋蒼湖堂 2004-07-21 12:39:00 No.49648
然も、このお言葉で過去の歴史の清算が全て終つた譯でも有りませんでした。韓國側は
直ぐ樣 新たな問題を持出します。所謂”從軍慰安婦”問題です。更には”歴史教科書
問題””強制連行問題”と續き、加へて”靖國問題”なるものまでを創出し、事ある毎
に我が國に謝罪を求めて來ました。昭和三十年代の朴正熙以来、歴代の韓國大統領は
「もう過去は問はない」と言ひながらも、實際には日韓の過去に拘はり續け、外交カー
ドとして利用し續けて來たのです。
彼等はこの理不盡な行爲を、一體何時まで續けるつもりなのでせうか。
そして、反日日本人は一體何時まで彼等の走狗を務めるつもりなのでせうか。

日本と韓國の未來の爲には、ただ過去の史實を掘り返しても無意味だ、とのご意見があります。また「歴史議論依存症候群」なぞと勝手に命名された上で、其の樣な行爲は自分に自信が無いが故のものであるとまで仰る向きがあります。但し、このお方は自らの歴史認識を明らかになさる氣は無いやうです。田舍紳士さん、お讀みですか、あなたのことです。

歴史を持出して、然も謬つた(自己に有利な樣に歪曲捏造した)歴史を持出して、一方的に樣々な要求や恫喝を加へてくる相手に對し、正當な歴史事實を指摘することの一體何處に不都合が有ると仰るのでせうか。
自らの一方的な歴史觀を強要し、それを外交の道具に使ふのは世界廣しと云へど、韓國、北朝鮮、中共の三國だけです。其の樣な理不盡に易々と屈して來たのは日本唯一國です。
これは當たり前の事ではありませんし、普通の國のすることでは有りません。然も現在進行形の出來事なのです。
河内屋蒼湖堂 2004-07-21 12:40:00 No.49649
私はこと”歴史問題”に關しては假令半歩たりと雖も退く氣はありませんし、現在の投稿姿勢を變へるつもりもにありません。

「相手の主張には間違つてゐる部分も有るだらうが、親善の爲には妥協しやう」或いは(根據のない罪惡感と今風の人權・平等意識に囚はれ)「迷惑を掛けたのは事實なんだから、とにかく謝罪しやう」というのは、單なる臆病者、否、卑怯者の行ひでしかありません。
私はその何方でも有りませんし、そんなことで兩國の未來や眞の友好關係が築けるとも思へません。

眞の親善の爲には、お互ひ主張すべきはとことん主張し合ひ、事實は事實として互に認め合ひ、間違ひは間違ひとして共に反省することです。
もし其の樣に議論を盡くし、意見を盡した上で、猶も合致しなければ「この點に附いては、立場や見解の相違」として冷靜に評價し整理すれば宜しいのです。附言すれば、中韓北にも、それらに與する日本人にも、其の樣な姿勢は切片も見えません。
河内屋蒼湖堂 2004-07-21 12:42:00 No.49650
この櫻掲示板を訪れる方の中に、もし日本が行つた朝鮮統治に關して、未だに謝罪や賠償の責任を負ふと仰る方が居るとしたら、私はいつでも受けて立ちます。

但し、歴史事實を檢證するのに、各々の時代に應じた價値觀や常識、倫理觀等を物差しにすべきは當然のことです。

今風の(然も日本人獨特の偏つた)人權意識や平等意識、それらに基づく安つぽい倫理觀など、歴史の評價に際しては一片の意味も有しません。

また、意味の無い抽象論や感情論、瑣末なことを論ふだけの反論は御免蒙ります。「誇り高き朝鮮民族の感情を傷附けたことは事實だ」などと云ふ稚拙なものも眞つ平です。それを云ふなら、こつちだつて「誇り高き大和民族の感情」を充分過ぎるくらゐ傷附けて來られましたから。
飽くまでも具體的に、事實には事實を、數字には數字を、論理には論理を以てご反論下さい。

明日の日韓關係を築く爲、眞の友好關係を築く爲、今後の討論が實りの有るものになる
ことを心から期待致してをります
河内屋蒼湖堂 2005-05-27 13:09:22 No.165188
  チャンネル櫻掲示板ご參加の皆樣へ

拙稿へのご意見、ご感想がございましたら是非お寄せ下さい。

投稿者名の赤い文字をクリックすれば、チャンネル櫻のサーバー經由で私宛にメールの送信が出來ます。

皆樣からのお便りをお待ち申し上げてをります。
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